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フミヤは今日も下を向く

旅ブログを書こうとして続かず漫画を描いてみることに。経験してきたことの中で、何か伝えたいことはないかと考えたときに思いついた容姿の悩み。皮肉にも辛い目にあったことは忘れず脳裏に焼き付くもの。そんな記憶を掘り起こし、絵にし、文字にして伝えていこうと思います。

こんにちは、フミヤです。

 

ようやく夏休みに入りました。

 

5日間も休みがあって、

何をしようかなと悩んでいます。

 

台風も来ていて外に出るのも抵抗があるので、

家でゆっくりゲームや映画を楽しもうと思います。

 

さて、今回のタイトルは『見える目線と見えぬ思考』です。

 

人の目線は誰しもが感じるもの。

 

そしてその目線が、

どこに向いているのかは大抵の人が分かるものです。

 

まれにこっちを見てると思ったら自分の後ろを見ていたなんてこともありますが、

目線というのは人間に限らず犬や猫のような動物も、

自分を見ているか否かは判断できるものでしょう。

 

例えば犬や猿は知らない人や動物から目線を合わせられ続けると、

「あいつは俺に喧嘩を売っている」「威嚇している」と思うようですね。

参考:

 

 

衝突を避けるために目を逸らすような一種のマナーのようなものがあるとか…

なんだか人間も同じ野生動物の血が流れているのかなと思わされますね。

 

一方でインドに行った時に経験したことですが、

人がめちゃくちゃ真っすぐこちらをジーっと見つめてきます。

 

外国人で物珍しくこちらを見てきているのか、

自分の容姿の問題なのか不明でしたが、

こんなQAがあって納得してしまいました。

 

自分だけではなかったようです。

 

参考:

 

なんにせよ生物のDNA的には人の目を見続ける=敵意のあるサインと言っても過言ではないようですね。

 

とはいうものの、

我々人間は五感で取り入れた情報を思考に変換する生物。

 

自身の目に入ったものに対して何かを反射的に思う・考えるのは至極普通のことです。

 

皆様も心当たりがあると思いますが、

所謂自分自身の価値観で築き上げられたノーマルからかけ離れた好奇なものを見ると、

思わず二度見したり目を逸らせなかったり、

何かを考えずにいられなかったりしますよね。

 

例えば街を歩いててとても綺麗な人を見たとき。

 

異常に背の大きな人やガタイのいいひとを見たとき。

 

最近は見慣れてきましたが白人や黒人を見たとき。

 

そして異形な見た目の人や物体を見たとき。

 

などなど。

 

人は長年生きてきて自分の中に価値観を作り上げていきますが、

これから外れたものを優秀・超越・奇怪・異常など、

イレギュラーと捉えて反射的に思考する生き物だと思っています。

 

前置きが長くなりましたが、

私は個性的な容姿のせいかそのカテゴリーに分類される(と思っている)ため、

以下のような出来事によく遭遇します。

 

 

そう、人に二度見されたりジーっと見つめられる機会が多々あります。

 

こちらは特に見てないのですが、

目が合った後に「きっと今見られてるんだろうな」というのが直感的に分かるときがあります。

 

そういう時に恐る恐るそちらを見ると高確率でまた目が合うのですが、

これがとても嫌だったりします。

 

私の中で二度見される・見つめられるというのは、

「その人の中のイレギュラーにカテゴライズされた」と捉えています。

 

その時点でその人の頭の中では、

「うわぁあの人〇〇だなぁ」「なんだかすごく面白い顔してるなぁ」「どうしたんだあれ」など、

いろいろなことを思われているんだろうなぁという被害妄想してしまうのです。

 

ですがその人の頭の中で考えていることなので答えは見えません。

 

あとで残るのはその人がこちらを見つめていたという記憶だけ。

 

もちろんただの被害妄想であるときもあると思います。

 

もしかしたら自分を見ていたのではなく、

自分の背中の先の何か違うものを見ていたかもしれないし、

霊感があって後ろにくっつく幽霊に目を向けていただけのかもしれない。

(それはそれで怖いですけど)

 

なんにせよ、

他人と遭遇する様々な場面でこういった経験をすることがあります。

 

目線というのは怖いもの。

 

そして思考というのは見えない分、

もっと怖いものだなと、

つくづく考えさせられます。

 

今回は少し長くなってしまいましたが、

以上になります。

 

本日も読んでくださった方、

ありがとうございました。