元錦のバーテンダーその後の日々 -145ページ目

それでもブルーズは鳴り止まず

俺としては精一杯のプレイをしたつもりだった。


確かにブランクもあり、腕が錆付いていたかもしれない。声も思ったより出てなかったかもしれない。


しかし、時間と共に他のミュージシャン達と共に楽しいセッションは進み徐々に観客(女性)も和み始め、そのうちソロで各自が観客に対してアピールする場面も見られるようになり、俺も錆付いた腕で短いソロをとらしてもらったが、観客の心には届いたかどうかの手ごたえは無かった。


そうするうちに、遠方の観客から帰り始め、俺はそのうちの1人にアプローチをかけ、メールアドレスを交換。


そして時刻は23時を過ぎ、みんなは店を出て、あるものは2次会へ、また家路に向う人、とに分かれていった。


残された俺は店の片付けと次に来る人のために準備と、忙しく動いた。


そして翌日、アプローチした人にメールを入れ返事を待つ。3時間後返事が来た。


今月は忙しいのでまた連絡します、と一言。


また俺は次の居場所を求めて旅に出なくてはならなくなった。


いつになったら安息の地は見つかるのだろうか?


それまで俺は今日も街の片隅のジュークジョイント(酒場)でブルーズをプレイする。


土曜の夜、久しぶりに聴いた近藤房之介は俺のブルーズに沁み込んだ。





風邪で寝込んでます

昨日から体調悪く店は早く閉め、今日は一日寝込んでます。なので皆様のコメントには明日にでもレスします。合コンについても明日書きます。申し訳ありません。

カーニヴァルの後

昨夜は16時くらいから食材の買出しと仕込みでバタバタし、気がつけば19時を廻っていました。

料理の準備と盛り付けもほぼ終了、そうするうちに皆さん集合し、合コンスタート。ドリンクや料理のサービスで1人バタバタして落ち着いたのが20時30分。


何だかんだで盛り上がり?店は大盛況。


23時過ぎに合コンメンバーには席を空けて頂き、続いて予約の8名様が御来店。そうするうちに気がつけば午前1時近くに。バイト君には上がってもらい、片付けてると電話が鳴り、今度は5名様で御来店。ワインを2本とチーズ盛り合わせをご注文頂き、一頑張りでした。


お帰りになられたのが午前2時40分ごろ。その間にも電話が数件。1件は知り合いのバーに案内し、もう1件はお客様よりめでたい事があるとの報告を受け、よく聞いたら結婚するとの事。

めでたい、めでたい。


そんなこんなで1日中賑やかだった店も閉店し後片付けをして帰宅。


昨夜は宴の後の寂しさを感じさせられました。


合コンについては日曜にじっくりと報告させていただきます。

43ブルーズ(今夜も愛を捜して)

本日は19時30分より「合コン」スタート。8対8という大人数のなかでどんなブルーズが奏でられるのだろうか?


あるものは情熱的なマディ・ウォーターズのようなデルタブルーズを鳴らし、また別の所から洗練されたエルモア・ジェイムスのシカゴブルーズか、それともエリック・クラプトンのようなホワイトブルーズか。あるいは、デュアン・オールマンのスライドギターの如く天まで駆け上がるようなソロを奏でるのか。


誰の心の中にもブルーズ(魂)を持っている。恐らく今日の俺はサン・ハウスのような土臭いブルースを奏でる事になるのであろう。ただし、セカンドギターにロバート・ジョンソンを従え、心の叫びをドブロギターでかき鳴らしながら酒場で盛り上がるセッションのように。


それが観衆(女性達)の心を掴み取れるかどうかは判らない。


ただ今日も最高のブルーズを演奏しに行こう!ギターのチューニングもバッチリ、喉の調子も最高だ。いかしたソロでも聴かせて観衆を俺のブルーズで今日も酔わせよう。


チップはいらない、ただ愛を囁く相手が欲しい。


今日も愛を求めて俺は旅にでる。いつまで続く旅なのか、誰も判らない。


知っているのはブルーズの神のみだ。


さあ43歳の心の叫びをブルーズに変えて今日も出発だ。俺の横には「ブルーズ」という名の神がいることを胸に刻み込んで。




拝啓 藤田社長

ベストドレッサー賞貰ってる場合じゃねーだろうがよ!いい加減にしろよ、朝4時30分なのにアクセス集中してログイン出来ませんだと!調子こいてるんじゃないよ、こっちは睡眠時間削って書き込みしようとしてるのに、へらへらして授賞式なんか出てる場合じゃねーだろうが、本当に。


と思わず我を忘れて怒りたくなったミュジニーです。本当にスタッフの増員とか、色々と手を打って欲しいですね。


このままじゃただの勘違いオヤジになっちゃうよ、シャチョーさんよ!ユーザー本位で物事を考えて下さい、お願いします。

昨日は・・・

「サイレント・ビートル」ことジョージ・ハリスンの命日でした。最近では「バングラディッシュ・コンサート」の再発などで改めて再評価され、某ビール会社のCM曲に使われたりと、意外な人気ぶりです。


昨夜は「追悼」の意味を込め「アビーロード」や「レット イット ビー」を流して、しみじみと偲びました。


もちろん、因縁深い「クラプトン」との共作の「バッジ」も流しました。


ジョージが亡くなった時に来日公演をしていたクラプトンが「バッジ」を演奏する前に「デディケート トゥ ジョージ」と小声で話して演奏したのが忘れられません。


女性を巡り浅からぬ因縁のあった2人、でもそれがクラプトンに「いとしのレイラ」を書かせたのだから不思議です。


改めてジョージの冥福を祈り、天国でジョン・レノンとセッションしている事を祈ります。

George Harrison, Eric Clapton & Band
Live in Japan

「大人のウォーカー」反響あり

昨夜は12時くらいからお客様が入り始め、気がつけばカウンター満席!「バイト君」は昼の仕事があるので23時に帰ったので1人で頑張りました。そのうち新規のお客様2名が「マスター、本見てきたよ、やっぱり生ギネスはうまいね!」と褒めていただき感激しました。


今回の雑誌の掲載の件はブログで書いた以外は宣伝してなかったのに3組はどのお客様が「マスター、観たよ。」と言ってくれました。みんな、意外とチェックしているんですね。


さあ、今日は金曜に備えて?カットに行ってきます。またまたベリーショートのツンツンヘアーにしてきます。寒いけど気合が入る髪形にして12月も頑張ろうと思います。

お知らせ

今週の金曜日は「道場長さん」主催の合コンのため19時より23時まで貸切とさせていただきます。当然?私も強引に参加いたしますのでこの経過はブログにてご報告いたしますね。

今回は総勢14名になりますのでカウンターの一部も使用するために貸切とさせていただきます。

申し訳ございません。私の活躍ぶりを見たいと思われる方、ブログで我慢してください。


今日あたりから「大人のウォーカー」の反響が出てくれば、なんて事を考えておりますが中々世間は甘くは無い事も承知しております。今日も地道に働き、お客様に喜んでもらえるように接客したいと思っております。


でも反響があるとうれしいな!

地元をポタリング

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今日は天気が良く気分もいいので、久しぶりにポタリングにでかけました。まずは近所の小学校の写真を。手前に小さく白い花が咲いているのがわかりますか。実は「桜」なんですよ。イチョウの木の手前の桜は小春日和が続くと花を咲かせてくれます。でも晩秋を感じさせるイチョウと桜という組み合わせも面白いというか自然の不思議さを感じさせてくれます。

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続いて名古屋駅近くの陸橋の上から写した写真です。JRタワーズと横に見えるのが現在工事中のトヨタビルです。気がつけばタワーズと同じくらいの大きさまで工事が進んでいたんですね。改めて橋の上からみて驚きました。

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さて、このまま名古屋駅まで行っても意味が無いので、またブラブラと自転車を漕いで走ります。

途中で「ジャパンカップ」観なきゃ!と思い出し一路家へと戻ります。しかし戻る途中、ふいに自宅近くの神社に行きたくなり、進路変更して向いました。その後、参拝を済ませ中を歩いていると久しぶりにみたこの石碑。「日本武尊腰掛岩」の文字が刻まれています。古くからの地元に伝わる伝説でヤマトタケルが東征の帰りこの地の岩に腰掛けて休息したと言われています。その為、この地が「岩塚」という地名になったそうです。

久しぶりに地元を走ってみて忘れていた景色を思い出したり、走る道によっていつも見てる建物が別の建物に見えるなど楽しい思いをしました。


良い気分転換になり、明日から気持ちよく仕事が出来そうです。


「大人のウォーカー」自分で言うのも変ですけど上手に記事にしてくれてます(笑)編集者さんはすごいな、と感心いたしました。あとリクエスト通り、僕の写真は小さく控えめに掲載されています。安心いたしました。

ジョージ・ベスト追悼

元北アイルランド代表であり、何よりも1960年代のマンチェスター・ユナイテッドの黄金時代に活躍したジョージ・ベスト氏が現地時間の25日に死去されたそうです。


べスティの愛称で長髪をなびかせトリッキーなドリブルや華麗なシュートで英国のヒーローとなり、「5人目のビートルズ」と称されるほどの人気プレイヤーでした。

ただ現役時代からアルコールに溺れ数々のトラブルを起こし、マンUを追われるように退団し、晩年はペレやベッケンバウアーと共にアメリカのプロリーグでプレイ、そのまま現役を引退します。


引退後は、講演活動などで各地を回り活動していましたが、重度のアルコール依存症のため入退院を繰り返し、肝移植手術も行いましたが、飲酒を止めることができず59歳という若さで亡くなってしまいました。


1999年にマンUが欧州チャンピオンになり、トヨタカップ出場の際にテレビゲストとして日本に来ていましたのを見たのが最初で最後になってしまいました。


僕は彼の全盛期をビデオでしか観た事はないのですが、はっきり言って天才です。日本では一部のサッカーファンにしか知られていませんが、現在でいうならベッカムを超えるアイドルであり、テクニックはちょっと思いつきませんが、ジダンやフィーゴ、ロベルト・カルロスを合わせたような左サイドのテクニシャンでした。


以前から危篤状態が続いていたのは知っていましたが、残念です。心よりご冥福を祈ります。

ジェネオン エンタテインメント
ジョージ・ベスト

べスティ、フォーエヴァー!