イルは飛び起きた。

何度肩を叩いても眠りこけていたイルが、
いま彼女が来たと告げると、
ようやく目が覚めて、
すぐにベッドから立ち上がり
ものすごい速さで部屋を出て行った。


みんな黙った。
誰かがせつないと言った。

せつない、と言った。


イルは玄関の靴を履くのに手間取っていた。
あたしはその間にもイルの背中を捜したくて
仕方なかった。
イルは出て行った。
走って夢中で寝起きで出て行った。
あたしは立ち上がりたかった。
ケータイを持って走り出したかった。
このままイルを追いかけたかった。


追いかけた。


部屋を出ると、イルが階段を駆け上がって戻ってきた。
どうでした、と訊ねると「だめだった」と
声にならない吐息でつぶやいた。

あたしはずっと胸が痛くて
しめつけられていた。

イルが女を見てる。
あたしじゃない、好きな女を捜してる。
愛した女を求めてる。

ああイルにはあの彼女がすべてなんだな。
どれだけあたしががんばったって
そういうことじゃないんだろうな。

あぁ。あたしには届かない。
最初から、届かない人だったんだ。


彼氏との別れを決めた日、
あたしは好きな人にふられた気がした。
イルの家で二次会をした。
昨日の朝方。

イルはすごく眠そうで店長も眠そうで、
飲んだ後、結局二人はベッドで眠り始めた。


イルの携帯の着メロはリンキンパーク。
ずっと鳴っていた。
かなり疲れてるんだろうなと思った。
何度なっても出ないイル。熟睡。

あたしたちバイトはその場にいて、
誰も起こそうとしなかった。


しばらくして、部屋のドアから物音。
新聞配達だと思ってみんな放っていたら、
誰か来た。


彼女だ。


何週間も会えなくて。
毎日朝まで、仕事のはずで。
ずっと電話だけで、会いたくて。
きっと、家まで来た。

そしたらイルは寝てる。
部屋には知らない子たち。
女の子もいる。


彼女は出て行った。

あたしたちは迷ったあげく、
イルを起こした。

寝ぼけていたイル、電話をかけていた。

あたしはずっとその電話に誰も出ないでいてほしかった。
ほんとうはイルの着メロを最後まで聞いていたかった。
彼女がきたことも言いたくなかった。
ふたりがだめになってほしかった。
昨日の夜、居酒屋のメンバーで飲みに行った。
初めてで、夢で、イルもいて、店長もいて、
すごく、すごく楽しくて。


イルの彼女のコトをきいた。
そしたら、今年は仕事をがんばる。
来年の年明け、結婚しようって言うんだって。

イルは26歳。
結婚とか考えて普通だし、
今の彼女が、いままでの付き合ってきた人の中で
とても素敵で、そういう女性だったんだろうと思う。

そのとき、すごくショックを受けた。

でも先のことはわからないし、
負けないと思った。

そのあと店長に付き合ってくださいとか
ギャグで言ってたら、
彼氏がいるのに、簡単にそういうことを言っちゃいけないと
言われた。

あたしは考えた。
酔ってもいた。

ロビンソンに別れましょうとメールを送ったのだ。

なぜならこの気持ちにうそはないから。
イルが好き。
たとえ彼女と結婚しようがそんなのまだ
先の話で。
あと1年。
この1年の間であたしはイルをずっと好きで
いるかもしれない。
イルが好き。
もうロビンソンにあえない。

イルと話して笑って飲んで、あたしは
圏外で送れなかったメールを再送した。
今日(日曜)はなんとオヤスミ!
バイト、始まってから、2回目の休み。

ひゃっほー!って感じだけど
参加してたい。
いちにちだって関わっていたい。
あの店に、あの場所に、あのひとたちに。
きっとだいすきな場所。

あたしのいる場所。
居場所だから。


また飲みにいくんだ。
あの店の、バーカウンタに予約、2名。
中学のときの友達と、行く。

イルは大丈夫かな
風邪、ひどくなってるよね
あんまりかかわらない方がいいかな


森君に差し入れの約束をしてて、
おいしいチーズケーキを買っていく予定。

でもイルが、イルの身体が一番喜ぶものは
ケーキなんかじゃないでしょう。


何かな。
あたたかいもの。
食べ物。
あのひとに必要なのは睡眠。

でもあたしはそれをあげられない。今は。

何だろう。
あたたかいものを持っていこうかな。

ねぇイル
おやすみ
ゆっくり寝てほしい

あなたの穏やかな笑顔が好きなの
ほらそうやって
わたしのこと
女の子として見ない感じ
妹じゃないのよ
わたしはあなたのことが好きな女の子よ

自分がつらいのに
人に合わせてるあなたは
とてもやさしくて
思いやりがあるわ

気遣いも出来るし
とてもがんばってるんだと思う


店長は知ってるの
わたしのおもい
あなたに恋してること


ねぇ店長は言ってたわ
イルは真面目だって
真面目でがんばってるから
風邪を引いたんだって


ねぇイル
あなたは真面目な人なのね
がんばりすぎないで
あなたがつらいの
わたしもつらいから
でも
これしかいえない
「がんばって」と


あなたにあいにいくわ

わらっていられるよう
いつものわたしをつくって
笑顔でいてあげる

あなたが少しでも安らげるよう
わたしが出来ることをしたい


今夜もあなたにあいにゆくわ
イルが風邪を引いた。

ああどうしてだろう?
男の風邪引き女の寝起き。
まさにいま、イルは可愛いんだ。
抱いてあげたいし、抱きしめてあげたい。
好きだよ、イル。


今日(昨日)も結構?忙しくって、
イルは風邪も引いてるし、前日の反省を生かそうと
がんばろうとしていたけど、
風邪がひどくて、
たぶん喉も痛いし鼻水もずるずるしてる。

あたしは万年風邪には強くって、
大丈夫だけど、
ひとが風邪を引いているとどうしてか
すごくつらいだろうなって思うね。

イルは毎日「料理長」として
うちのお店を支えてて。
そんな華奢な身体では支えきれなかっただけの話。
体調管理とか仕事とか、
結構中途半端なのよね、イルって。

体調管理としては、
仕事の時間にやれることはやって、
早く終わらせて帰ればいいのに、
結構ラフにやってるし。

ラストまで残ってると、
まかないを食べるのに1時間くらい
かかるんだよね。
しゃべってるし、ごはんも食べてるしで。
それを勤務中に終わらせろって
社長(オーナー)から提案もあったのに、
結局なんかそれは忘れてるっぽくて。

仕事も、あのひとじゃ支えきれないのかもしれない。
そのぶんあたしたちが、しっかりしたらいい話か。

もう26、されど26だなぁと思った。
結構しっかりしてないし、
年齢の割りに、ね。
あたしだって19でもうこんなこと思ってるんだから、
あたしより7年も生きて学んでるイルは
もっと追いついてないと、合ってないのかもね。年齢に。

それしてる暇あったら、こっち先やれば?的な。
イルはそういうの注意してるけど、
自分のことには鈍いのかな。

いや、そんな愚痴を言いたいんじゃないや、あたし。


イルが風邪を引いて、
あたしも元気がない。みたい。
店長に「ゆーり元気ないじゃん」って言われた。
それはイルが風邪ひいてるからだよ・・・

好きなひとがつらいとつらい、


好きな人が悲しい顔をしてるときは、
あたしもおんなじ顔してるんだって
誰か気づいて
イルに気づいて欲しいけど。


だからイルが彼女に会いたくて休みたくて
寝たくてぜんぶ放棄したくて
休みが欲しくて
彼女に会いたくてヤりたくてイチャつきたくて
デートもしたくて合う時間も欲しくて
飲みに行ける暇も欲しいって思うことは、
あたしはさみしい。

イルが疲れてると、あたしも疲れてしまう。

そんなイルをずっと見てるから、
元気もなくなる。


あたしは今日イルが風邪を引いているのに
すごく元気だった。
イルに笑って欲しかったけど、
疲れさせちゃいけないって思った。

まかないでチーズオムライスをつくってくれた。
イルはやさしいな。

前にもオムライスをつくってもらった。
あたしはイルの作ったオムライスを食べた。
今日はそれのチーズ入り版。
おいしかった。
イルは味見して、あんまりだなとか失敗したとか
散々いってたけど、
すごくおいしかった。
イルは料理うまいんだなって思ったよ。

ねえイルはどうしたらわたしを喜ばせてくれるの?
おいしいおいしいって言っても
素直に信じないあなた。
間食したお皿を笑いながら見るあなた。

すごくうれしいんだよ
あなたがつくってくれるごはん
わたし 残したことなんてない


頭が痛くて鼻が詰まって咳が出て、
すごくつらいでしょう。
わたし、何も出来ないから。

どうかあなたがやすらげるように
仕事を一生懸命 がんばる。
だから信じて
わたし、あなたにほめられるような
仕事をするから。
また笑ってね。




今日(17日)、昼に吐いてから、バイトに向かうと
イルが心配してくれた。

大丈夫?
ピークが終わったら上がりなよって。

あたしは元気なような、気持ち悪いような、
とにかく不安定だった。

イルが言うにはあたしから昼にメールが来たとき、
森君に電話して早く出てきてもらったらしい。

結局あたし、遅刻しちゃったしね。


そういえば一昨日の火曜?日、
ラストまで働いたとき、5時半過ぎくらいに
みんな私服に着替えた後、談笑してて。
イルは一人で一服してたんだ。

あたしはすぐ隣に座ってみて、
二人の距離が近くなったんだと思った。
初めてイルと近いと思った。実感した、かな。
仕事じゃなくて、オフの状態で、
飲み会みたくそばにいられる時間。
初めてだった。


バイトの厨房の女の子が辞めたいっていう
メールをくれて。
イルに、相談してみた。
したらイルはやっぱりなって仕草でタバコをふかした。
そんで二人で、その女の子のこと
話し合って。

そのときイルのタバコを吸う姿が
かっこよくて素敵で、
タバコで輪っかを作ってほしいと頼んでみた。

そしたらイルがやってくれた。
あたしは喜んで楽しい顔して何回もそれを頼んだ。

イルは上を向きながらタバコの煙で輪っかを
つくってくれた。
あたしは嬉しくて嬉しそうな表情で笑った。

そのときあたしはイルが可愛くてかっこよくて
惹かれていた。完全に。いとしいと思った。

やっぱりイルが好きだと思った。


好きで好きで、意識してて、何度も見ちゃって、
目が合うと嬉しくてはにかんでしまったり、する。
話しかけるときは自分で意識しながら可愛く見えるように、
ばかっぽく見えるように、おもしろく見えるように、してる。
話しかけられるときは不機嫌にならないように、
イルに見られてる自分を少しでも背伸びさせてがんばってる。

おんなじ話題で笑ってるときは
すごく気を使ってしまう。
もっと笑って欲しくて、楽しんで欲しくて。

遊んでちゃいけないって分かってるけど、
イルは疲れてるから。
笑うことで少しは救われること、あるでしょう?
ねぇあたしにはほんとうに何もできない。
仕事を早く覚えてイルがいなくても出来るようになれば
それが一番いいのだけど、
あたしはすぐに覚えられないし何度も間違う。
イルに迷惑かけてばっかだし、ぜんぜんまだだめなんだ。

あたしに出来ることは、
イルを笑わせてあげることなんだって今は思ってる。
元気で、仕事がんばってる、そんなあたしでいたい。

今日あたしはずっと体調悪いキャラで、
最後は元気になってったけど、途中とか、
もう最初の仕込みのときは吐いたものがまだ少し残ってたんだけど、
頭が重かった。
たぶん、眠いのかも。。。
でも毎日寝てるし、そんな疲れる睡眠時間でもないんだよなぁ。

イルは心配してくれた。
やさしかった。


途中、イルと近くでしゃべったあとに
もしかしたら目やにとかついてるかも!
と思ってみたら何か目の辺りがベトッとしてて、
「トイレ行ってきていいですか」と言って
走ってトイレに行った。

厨房は基本的にトイレ時間がないから、
ヒマなときにならないと行けない。
だから顔に何かついてても直せないんだよね。
イルに見られてるんだから、今よりだめな顔はしたくない。

トイレに駆け込む自分が、
まるで吐き気をもよおして急いでいたように
イルに見えるように走った。
だって心配してくれる。
あんなにやさしいイルの顔が、あたしはもっと見たかった。

大丈夫?ってきくイルはすごくやさしくて、
おにいちゃんみたいで、おとうさんみたいで、
すごくやさしい顔をしていた。

あたしの父親は一緒に暮らしたことがないからわかんないけど。
おにいちゃんともキャラ全然ちがうけど、
なんかすごく、年上の大人って感じで、好きだ。

あの顔がまた見たくてそうした。


そのあとオーダーをしているときにイル。
「ゆーりさぁ。さっきトイレで吐いた?」

またあの顔だった。
少し真剣で、気を使ってるような、やさしい表情。

うれしい。
あたしのこと、社交辞令でも、何でも、
考えてくれる行為だけでも、本当にうれしい。

イルはあたしに休んでほしいと言った。
今日がんばっても明日倒れられたら困るからって。

でもあたしはがんばる。
今日、元気のなかったあたし。
でも、元気なふりをしなくちゃいけない。
そうしたらイルが見てくれる。
あぁ、がんばってるんだなって、
優しい子だなとか、何でもいいけどプラスになるように。
思ってほしいから。

計算は下手だけどあたしはわがままな女だから。
ひとに心配かけて安心して嬉しがるような女でも、
イルが迷惑がるかもしれないけど、
今日のあたしは元気がなかった。
本当はハイテンションのままでいられたかもしれないけど、
疲れてたのか、心配されるのが嬉しいのか。


また吐くかもしれないんだよなぁ・・・はぁ。


イルの彼女は26さい。
彼の前のバイト先で働いてる。
朝から仕事?かバイトがあるらしい。
終わるのは夜2時くらい。
こっちの仕事が終わる朝5時~くらいに毎日電話してるらしい。
でも彼女は機嫌悪くて、うまくいってないって。

いつかの深夜仕事中、
イルに「俺もやばいだよー・・・」って言われた。
あたしが「彼氏と別れそう」とイルに言ったから。


イルは時間がないみたいで、髪の毛もぼさぼさだし、
まゆげも整ってないし、ひげも無精だし、
風呂入ってんのかってときもある。
もともとが微妙な男前だったけど、
なんか仕事おわるときとか朝とか死んでんだよね。顔が。


でもあの横顔を忘れない。
タバコで輪っかを作ってくれたイルは、
あたしの中で残像として残りまくっているから。


かっこよくてヘタレで弱くていじられキャラで、
ほそっこくて口でかくてよく食べて、
よく笑って顔長くてアゴでかくてしゃくれてて、
ギャグは通じるしおもしろいし人と話すの上手いし、
背もあたしと同じくらいだけどあたしよりはでかいし、
話せば話すほど好きになっていく。


あたしは恋に恋してるんだと思う。
イルに彼女がいてもあんまりそこを考えないようにしてる。
毎日イルと会って働いて話して、ごはん食べてお菓子食べて
それで毎日満たされてて。楽しくて。
もうそこで「しあわせ」感じちゃってて、
こんな日が毎日続けばいいと思ってる。

イルと二人でどこかへ出かけたいとか、
彼女になりたいとか、思わないわけじゃないけど、
まぁお互い休みないし、
あんまり欲がなくって。

たぶんイルといるだけでもう満足してんだよね。
それ以上いってないっていう。
だから片思いに酔ってるだけっていうか、そういう感じね。

でもいいの。
それで満たされてる、今は・・・。
昨日の朝にバイトから帰って寝た。

まかないで結構たくさんごはんを食べて、
家に帰って、バニラアイスとバナナと飲むヨーグルトを摂った。

7時過ぎ、就寝。
11時半過ぎ、吐き気に目が覚める。

急な嗚咽感。
吐き出しそうな感覚。
今まで、吐いた経験は、ずいぶん前、覚えていない。


何度も何度も押し寄せる波で、
あたしは洗面器に吐きまくった。

吐くのは苦しくて臭くてまずくて、
もう我慢したかったけど、
出さなきゃたぶん次の波が来ると思って、
出なくなるまで出そうとした。
苦しかった。


そのあと、少しすっきりして、
でも、イルにメールした。
吐いたとき涙が流れていた。
無意識だし悲しくもなかったけど、
涙が出た。
人間って不思議だな。


イルからのメールには無理するなとあった。
でもあたしは、今日は予約が入ってるし忙しいだろうしで
休んだらだめになると強く思っていた。

行かなきゃと思い、予想はしていたけど
案の定、下痢。

寝る前のバニラアイスかしらと思った。
でも今まで、そういう食生活は、普通だったんだけどな。
それで吐いたことはないし、別になぁ。


19年間生きてきて初の嗚咽体験。
貴重?だったな。
拒食症や過食症は、すごく苦しいなと思った。
あたしは過食気味だから。
最近、毎日生活パターンが決まっている。


昼頃起きて風呂。
食べるものを探す。
ポテトチップ、イチゴ大福、バナナ、ヨーグルトなど。
食べるものが基本的にないので、偏食。

昼ドラを見て14時過ぎに出発。
車で爆音の音楽を鳴らし、バイト先へ。
15時に勤務開始。

居酒屋でのバイトは9時間を越える。
最近は13時間くらい、朝の5時くらいに仕事を終える。

朝6時~、家に着く。
そして寝る。
昼に起きて繰り返し。


ねぇずっと会ってるよ。
イルに会ってるよ。
最近ね、わたしたち、みんな、目で通じ合えてる気さえするわ。

イルが疲れてるのも分かる。
あたしがへこんでるのも分かる。
森君がマイペースなのも分かる。
みんな分かってるのね。


イルは家に帰っても寝るだけで洗濯すら出来ずに
あたしは家に帰って寝て少しテレビを見ているわ


ねぇ誰がつらいとか
決められることじゃないけど


あたしもつらいわ
眠いし、腰いたいし、猫背ひどくなるし、
疲れる。

でもそんなの口にしない。

イルのほうがつらい。
あたしなんかぜんぜん。休めてるじゃん。。


イルとは毎日会ってるの
会えない日なんて今はない
けど今週の日曜日あたしは休みになったんだ
これからはバイトに休日が与えられる
イルに会えない日が出来てしまう

きっとその日は会いに行きたくて仕方ないだろう


っていうか日曜の夜に予約を入れた。
中学んときの友達と、バーで飲む約束♪

イルに会えるかなぁ。
そのときはあたしの大好きなおいしいイチゴ大福を
もっていくね。
イルと毎日一緒にいる。
それは変わらない。あたしの日常。

毎日っていう日々を、あたしはずっとバイトで
過ごしている。
午前中は寝てるし、起きてテレビでも見たら
すぐに出発。
イルの待つ厨房へ。

天気はいいし、どこかへも出かけたい。
お気に入りの店にも服屋にも、本屋にもいけない。
ううん、行こうと思えばいける。
でもそんな気もないくらい、イルだけに会いたい。

外は晴天。
そんな日でも私達は中に閉じこもって仕込み。
外は雨。
イルに早く会いに行くために傘を差すわたし。
雨に塗れたズボンが乾かないうちに勤務開始。
そんなの気にならないくらい、夢中で。
身だしなみには気をつけるようになった。

約9時間以上連続で厨房にいるから、
目やにも出てくるし脂も浮いてくる。
汗もかくし、香水だって落ちてしまう。
初めてバイトにつけていったワックスだって無意味。
眉毛だって消えてしまった。
これが現実。


でもこれも私のステップアップだよ。
いつだってすっぴんだったけど、
イルも森君もいちおう?オシャレしてて、
あたしも、何か、まぁ流れに乗ってんだけど、
がんばらなきゃかも~とか思って。


いつまでも、めんどくさいじゃ、きれいになれないなって。

化粧は、さすがに、
もう脂がすごい出るから出来ないんだ。

あたしのポジションは揚げ場。
唐揚げとか、ポテトとか、天ぷらとか。
いつも背中が熱くて、汗をかく。
フライヤーと向き合うと額から汗が流れてくるし、
きっとメイクしてったら、マスカラはべとべとになるし、
ファンデだって30分で落ちてしまうわ。

だから精一杯のつもりで眉毛を書いたけど、
案の定、消えていた。
汗ってすごいな。
どんなクレンジングよりよく落ちる。
冬なのにね。
いま、寒いはずなのに。汗かくんだから。


イルはそんなあたしのこと、
どう思ってんだろう。

あたしはやっぱり化粧は出来ない。
だって化粧直しに行ってる時間、ないし。
それでパンダ目になって引かれるより、
すっぴんのままのほうが全然いいよ。

ホールなら、っていうか揚げ場じゃなければ、
サラダ場とかなら、何とかなるけどさ。

あぁぁ。
何か、厨房って、恋愛対象にならないのかも。
可愛いって言う点ではね。自信ないから。
相当じゃん。
だって化粧してなくて(っていうかしてもハゲて)、
でも可愛かったら、モテんだよ。


どうだろうな。
あたし、結構がんばってるんだけどな。
イルが困ってそうなときは話しかけたり、
自分がやらなくていいとこまで気にかけたり。
気を使ってるつもりなんだ。


何か、生まれもった気遣いじゃないんだけどね。
意識してやってるから、気づかないとこもあるし、
あんまり伝わってないかも。


あたしね、もう、何ていうか見た目は気にしなくなった。
何でだろう、落ちるとこまで落ちたからかな。
イルに「だって化粧もしてないし~」とか
言われたら、たぶんすごい気にしだすだろうな。
まぁ、しないし出来ないし何いわれてもしないけどね。

何か、とりあえずイルにすごく近い女の子はあたしなわけ。
距離もだし、知らないけど一番しゃべる異性は、
あたしだろうと思うし。
まぁそこはイルは意識してないだろうけども・・・。


だから、もう見た目で勝負とか、結構無理だと思うのよね。
何か、あたしが勤務入るときとか、あんまイル見ないもん。
興味ないんだろうなって感じ。
顔を見てこないから、髪の毛にワックスつけたって無駄だった。


んで、イルととりあえずいっぱい一緒にいるし、
顔じゃ通用しないなら、中身だろうと。
とりあえず付き合うのは中身だから、人間として。
一緒に仕事して、いい奴っていうか、そういう風に
思わせるには、中身を磨かないと!!と思って。

あたしはあたしのせいいっぱいでもダメなんだって思って。
精一杯でダメなら、もっと違う自分を、
新しい自分を、作って、出して、見せて、
がんばればいいんだよね。

やなとこは、分かってるなら、しまっておいて。


人間的に、やっぱり、好かれたい。
イルにもだけど、人にね。
好かれる人って分かるから、理想をかなえるんだ。

直井さんもそう。
あたしは直井さんの人柄、すごく好きだよ。
ああなりたい。
人をしあわせにする。
そんなひとになりたい。


あたしが焦ってちゃだめなんだ。
あたしが常に、人の事考えて、思いやりをもって、
やさしく、気遣って、ね。
わざとじゃ良くないんだけどね。
私の持ってるやさしさ、もう人にあげられるでしょう?


明日もイルと会う。
明後日はグランドオープン日なんだけど。
明日も忙しいかな。
あたし、明日も失敗するかな。

がんばろう。
イルに見てもらえるように、
ちゃんとした仕事を、明日もするぞ。
一生懸命仕事をすることを、あたしは19年間で
これが2度目になる。

1度目は前のバイト先に入った頃。
高校生で始めての仕事で、
店長がものすごく怖くって、がむしゃらに
がんばってたあの頃。

それからは実力より下の力で仕事してきた。

イルのためかもしれない。
恋愛のためかもしれない。
自我のため。わがまま。自己中かもしれない。

それでもあたしは仕事をがんばる。
お客様により早く料理を出せるように。


イル、あたしは今の関係がすごく幸せだよ。
あなたに彼女がいても、わたしに彼氏がいても、
あなたと一緒に笑っているわたしは、最高に満たされるわ。
あぁしあわせ。

ネット通販でいちご大福を頼みまくった。
食べきれない分、バイトにもって行こう。
イルにも食べてもらおう。

イルの嫌いな食べ物はエビ。
いちごは、わかんないけど、まぁ、好きだろう。


今日もたいへんだった。
もともと猫背だから、腰が痛いし、疲れた。

イルは優しかったし、怖かったし、焦ってたし、笑ってた。
その表情のひとつひとつが、素敵で、かっこよくて、
見ていて、満たされてしまう。

イルは見ていて飽きないなぁ。
でも、もっと笑って欲しくなるよ。

今日のわたしは、どうだったかな?
おもしろかった?
それとも、あんまり、興味ないから覚えてない?


まかないをつくってくれたね。
わたしのわがままをきいてくれたね。
わたしの言葉に耳を傾けては、わらってくれたね。

ちかづいて、話して、わたしたちの距離は、ちかい。
それはあなたの人との距離が近いだけで、
わたしの人との距離が近いだけ。

ねぇ、あなたには女の友達がどれだけいるの?
わたしもきっと、職場の、仲間っていうか、
そういうふうにしか、見ていないよね。

そうね、まだ、1ヶ月も経ってないものね。

ああ、わたし本当にいまがいちばんしあわせなのかもしれない。


あなたが私といて、少しでも、おかしいなら、
私はそれでいいの。

私はあなたといて、嬉しかったり、悲しかったり、
さびしかったり、切なかったり、沈んだり、怒ったり、
がんばろうとしたり、一生懸命になったり、する。

たとえそれが舞い上がってるだけだとしても、
片思いに酔ってるだけだとしても、
あなたが好みの顔だからっていうだけだとしても、
私はいいの。

しあわせなの。

ねぇ、この思いに終わりが来るのはいつ?
きっと、私はこのまま、あなたを好きでい続ける。

次にあらわれる誰かが、来るまで。