出張カメラマンをやっている娘が、ある保育園の発表会後の出来事をケケケケ笑いながら話してくれた。
父母を交えて1カ月後の卒園式の保護者謝辞を誰が行うかの話し合いが行われた。わずか6名の園児しかいないのに、父母たちは沈黙したままであった。誰しもご挨拶などという肩の凝る仕事は嫌なのだ。
そのうち、1人の女子園児が「ママがいい」と言い出した。
「だめよ!」と即座にそのママが反応した。
「ママがやるの!」
「だめだってば!」とママは、子どもを睨みつけながら拒絶する。
また沈黙が場を支配した。
〈桜のつぼみも膨らみ始めた今日このごろお~〉
これではらちが明かないと見た先生が、「それじゃあくじ引きということにしましょう。お子さんにくじを引いてもらって、当たった子のお母さんにでも」と提案した。
反対する理由もないのでそうすることに決した。
子どもに三角くじを引かせるのである。
「あああっ!」と男子園児がくじを開いたとき叫び声を上げた。
その瞬間、園児の母親は、銃撃でもされたかのようにバタッと机に倒れ伏した。
しばらくそのままの姿勢でいたが、やがて起き上がると自分の夫を横目で見ながら強い口調で言い放った。
「あんたやってよ!」
日本の文化的環境では、このご挨拶というものがかなりの精神的負担になる。いかに差し障りのない、かつは意味のない言葉を何分間かつづけられるかが勝負なのである。欧米にはこういう習慣はないと聞いている。
一昨年亡くなられたブロ友のgraziosoさんは、ご自身がピアノ演奏家協会の会長の職にあったため、ご挨拶の場に立つことが多かったのだが、「挨拶が苦手で、いつも悩みの種なのよ」とおっしゃっていた。
そういう私も中学・高校のPTA会長を不本意にも引き受けざるを得ず、役職につきもののご挨拶に悩んだ経験があるので、若干のアドヴァイスをさせていただいた思い出がある。「会場の前列に性格の良さそうな人を見つけ、その人に語りかけるようにすると上がらずに済みますよ」と話したのも一例である。
卒業式シーズンを迎え、今全国でどれだけの人がこのご挨拶という「魔物」に悩まされていることだろう。こんな悪習はコロナ以上に早々と退散してもらいたいものである。