フラワーパーク江南、蜂須賀・前野氏史跡(愛知県江南市) | 趣味人のcolumn

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尾張名古屋を中心とした史跡散策

年度初めのバタバタが少し落ち着き、平日に休みが取れたので江南へ花を撮りに行く。

 

ビオラかな。春らしく、色とりどりで美しい。

 

フラワーパーク江南は、市民憩いの公園。平日だが、親子連れやアマチュア写真家がたくさん訪れていた。

 

ネモフィラに夢中の蜂。

 

かわいらしいツリーもあった。

 

シバザクラ

 

パンジー?

 

わからんw

 

チューリップも今が見ごろ

 

これもチューリップらしい。

 

昼食は地元の蕎麦・うどん屋。天ぷらが多すぎて、腹パンパンw

 

せっかく歴史深い江南に来たんだから、ちょいと史跡巡り。宮後(みやうしろ)城跡。土岐氏の家臣であった安井弥兵衛が築城。蜂須賀小六(正勝)の母は安井御前とも言われており、このあたりに屋敷があったという。ちなみに豊臣政権の五奉行筆頭であった浅野長政の実父は安井重継であり、その後浅井氏に養子に出されている。というわけで、豊臣秀吉・蜂須賀小六・浅野長政は、安井氏つながりの親戚といえる。小牧・長久手の戦いの際は宮後砦として整備されたが、戦いの後破却されている。

 

宮後城跡前の道路を挟んだ向かい側に、小六の息子の家政の生誕地碑がある。昭和43年ごろまで「小六屋敷」と呼ばれ、外堀や井戸などが残っていたが、今は前の写真のとおり、空き地となっているのみである。

 

宮後八幡社。もとは宮後城の敷地内にあった。

 

本殿や拝殿は蜂須賀家政が造営したもの。徳島藩藩祖となった家政は、1624年(家政66歳)に故郷宮後に思うところがあったのか、この宮後八幡社を再建している。ほかにも同じく江南の曼陀羅寺の本堂も家政が再建している。ちなみに今阿波踊りがニュースになっているが、徳島城が完成してその祝いに家政が民衆に好きに踊らせたのが、阿波踊りの起源という説がある。

 

近くの和菓子屋で江南まんじゅうなど購入。

 

帰りにふと気づいて寄ってみたのが、前野天満宮。この地の土豪が前野氏。近郷の豪族生駒・蜂須賀・安井・坪内氏などとの姻戚関係をもつ名門一族であった。この神社は鎌倉時代、前野時綱が創建した。

 

創建当時の棟札は残っているようだが、現在の社殿は明治時代に建て直したのかもしれない。

 

前野氏といえば、秀吉最古参の家臣で小六の義兄弟でもあった前野長康だろう。秀次事件で連座して切腹した人。この前野家屋敷跡の土蔵から、あの問題の武功夜話が出てきた。前野小兵衛は、佐々家の猶子となり、その子孫の佐々介三郎(水戸黄門の助さんのモデル)は先祖由緒のこの地を訪れて一句詠んでいる。

 

土産は江南まんじゅうなど。