barex @ kerolog の 9月18日 投稿 で 「2006年 霊界に戻った有名人 リンク」 として 「おくやみ」 という今年亡くなった有名人リストのページをリンクしたら・・・barexと検索すると、投稿した記事は検索に出ないのに「おくやみ」のページが必ず出て来る様に成った。
「おくやみ」のページには全くbarexという文字は入っていないのに・・・
死ぬというのは、悪いとか不吉という一般的なイメージからすると因縁とかタタリみたいに感じるだろう。
しかし、死とか無が悪いとか避けたいと思うのは、存在に固執する観念であって、生きていれば誰でも死ぬのだし、悪いとか死にたくないと思って死んだら損だと思いたい。
無に帰するとしても損ではない。
元から何も存在していなければ「生きている」のが、特殊な奇跡みたいな状態であって、死こそ最高かつ当然の状態であるとするなら死ぬのは悪くも怖くもない。
宗教的な用語で、無我の境地を表す「ニルヴァーナ(涅槃)」というのは、場所ではなく状態である。
無我の境地という状態は、具体的には厳密に定義は不可能だとしても、宇宙が膨張しているとされる宇宙観測の事実からも、宇宙の外側は「完全な無」である。
完全な無という状態が存在していなければ宇宙が膨張できる余地が無いという事に成るだろう。
宇宙が膨張して行く先こそ無であり、無と有は同一の価値である。
状態が別の状態に向けて膨張しているのが、ビックバン以降の宇宙であって完全な無が物理宇宙に侵食されていると表現しても良いかも知れない。
つまり、宇宙の存在と法則によって完全な無が否定されているともいえる。
完全な無は宇宙の外側で、存在している側からすると価値が無いが、膨張している宇宙の法則からすると重要な事だ。