お世話になっています。
お世話になります。
お世話になっております。
お世話になっております。
またまたご無沙汰しております。
お盆はいかが過ごされましたか。
ご無沙汰しております、こども不動産です。
進み方が早いので、ついていくのが大変でした。ある程度の会計知識と税務知識があることが前提のセミナーなので、内容はかなり濃密でした。
お世話になっております、こども不動産です。
ご無沙汰しております。こども不動産です。
今日はチョット毛色の違った話です。
6月18日に発生した大阪北部地震。
女の子がブロック塀の倒壊で亡くなりました。うちにも小学生の子供が二人おり、地震発生時通学中だったこともあって未だに強く印象に残っています。
地震から1か月ほどが経過したころ、この地震について女の子が無くなった小学校がある高槻市の市長が新聞社のインタビューに答えたのですが、そのなかで「正常化の偏見」と言う言葉を使われました。
「正常性バイアス」とも言うのですが、この言葉聞かれたことがあるでしょうか?
正常性バイアスとは、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。
自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価することです。
実際、東日本大震災で津波で逃げ遅れた人の中には、正常性バイアスのために逃げ遅れた人が多くいるらしいです。
高槻市市長は、倒壊したブロック塀に関して、専門家による指摘があったにも関わらず、適切な対処がとられなかったことについて、「私も職員も、ブロック塀が倒れて悲惨な被害が起きるというリアルな危険性を認識していなかった」、「自分たちの塀は安全だという、根拠のない過信というか、思い込みがあったのかもしれない」と述べ、自分だけは大丈夫という「正常化の偏見」と呼ばれる心理に陥っていたと発言しています。
自分のことを思い返してみると、地震や、洪水などの天災に限らず、確かに前述のような行動は思い当たることがあります。
ただ人間の心は、予期せぬ出来事に対して、ある程度「鈍感」にできています。
日々の生活の中で生じる予期せぬ変化や新しい事象に、心が過剰に反応して疲弊しないために必要な仕組みで、人間にはある程度までは物事を正常の範囲として処理する心のメカニズムが備わっていると考えられています。
古い防災の常識では、災害に直面した人々の多くは、たやすくパニックに陥ってしまうものと信じられており、災害に関する情報を群衆にありのまま伝えて避難を急かすようなことは、かえって避難や救助の妨げになると考えられてきたのですが、現在は逆に、災害情報に対する鈍感さが注目されるようになっています。
個人では、災害情報に対して鈍感になりすぎないようにしなければなりませんが(敏感すぎるとパニックに繋がるので)、組織レベルでは人間のこのような特性に左右されないように、災害に対しての行動指針の策定が重要だとされています。
ニュースなどを見ていて、災害時の人間の行動について腑に落ちないことがあったのですが、これを知ることでかなり理解できた気がします。
今日の写真は、堺筋本町にある大阪商工信金のビル。レリーフは旧ビルの屋上にあったものを移設したものです。今井兼次氏作。











