ミレー原画の複製版画解説 | バルビゾンの風

バルビゾンの風

バルビゾン派(バルビゾンは、École de Barbizon)は、
1830年から1870年頃にかけて、フランスで発生した絵画の一派である。
フランスのバルビゾン村やその周辺に画家が滞在や居住し、
自然主義的な風景画や農民画を写実的に描いた。1830年派とも呼ばれる。

ミレーの名作が世界の美術館で

常設して見られるのは 20世紀も後半のこと、

19 世紀のミレ ー・ファンはまとまった個人画集もなく、

何を頼りに鑑賞していたのかと言えば、

ここに掲げたミレー原画の複製であった。

 

ミレー人気の安定した 1860年代から、農民画を中心に

数十種の複製が世に広まったのである。

 

もちろんミレーも自作の銅版画は制作したが、その数は希少であり、

 一般の愛好家は当時の美術雑誌や複製名画集に掲載された

モノクロの銅版画や写真製版の複製 画を鑑賞して、

原画の色彩や迫力を想像するに過ぎなかった。

 

しかしその複製想像力があってこ そゴッホは数多くの

ミレーの模写作品をなし、明治大正の日本のミレー・ファンの支持を

集めたことを忘れてはならない。とくに 6) 「帰路に着く羊の群れ」は

1890 年第2回明治美術展覧会 に林忠正の

将来品として展示された「帰群」である可能性が高い。

 

日本で初公開の「ミレー」も 実物でなく

複製版画であったと十分考えられるのである。

ここに出品展示された複製画は有名な

専門版画家と工房による手刷りの名人芸であり、

今日でも豊かな芸術性を保っている。5)8) など

油彩原画の現在行方不明のものもあり、ミレー研究上も貴重である。

 

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2014年に開催された“生誕200年 ミレー展 

愛しき者たちのまなざし”展の府中市美術館と

宮城県立美術館で配布された井出洋一郎氏

(当時府中市美術館館長)執筆のパンフレットより

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1) 「木を切る人(樵人)」

J.-A.ショヴェ作 Jules-Adolphe Chauvet (1828-1906)
1890年 27X21cm ヘリオグラビュール(写真凹版) 

原画は油彩 1853-54年 ルーヴル美術館」

 

2) 「箕をふるう人」

E.ヴェルニエ作 Emile Vernier (1829-87) 

リトグラフィー 1124X17.5cm 

原画は油彩 1853 - 57年 ルーヴル美術館

 

3) 「夏、蕎麦の収穫」

Ch.J-L. クルトリ作 

Charles Jean-Louis Courtry (1846-97)
エッチング 1875年 13.8X17.8cm 

原画は油彩 1868 - 74年 ボストン美術館

 

4) 「落ち穂拾い、夏」

同上 クルトリ作

エッチング 1876年 19.5X15cm
原画は油彩 1853年 山梨県立美術館

 

5) 「羊の番をする女」

G.グルー作 Gustave Greux (1838-1919) エッチング
1884年 25.0X19.5cm 

原画は油彩で行方不明、

パステルはメトロポリタン美術館

 

6) 「帰路に着く羊の群れ」

同上 グルー作エッチング
1881年 18.7x24.8cm 

原画は油彩「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」

山梨県立美術館

 

7) 「草を焼く女」

A.フィス作(経歴不詳)

エッチング 1889年 17X12.2cm 

原画は油彩1860 頃 ルーヴル美術館

 

オーギュスト・ブラール(息子)作「草を焼く農婦」エッチング、について
  *作者は「A・フィス」ではなく、

オーギュスト・ブラール(息子)(1852-1927)である事が判明しました。

 

息子を意味するフィスが作家名とされてしまったと思われます。
   オーギュスト・ブラール(息子)はフランスの画家・版画家。

画家のオーギュスト・マリー・ブラール(1825-1897)の息子。

パリの美術学校でフェリクス・ブラックモンに学びました。

また父のもとでバルビゾン派の巨匠たち、

特にコロー、ミレー、ドービニー、

フランセ、アルピニーと知り合いになり彼らの

作品を基にしたエッチング版画を制作しました。


原画は1860年頃に描かれたミレー作「「草を焼く農婦」(37.0x28.0㎝)で、

1902年に所有者であるティエリー氏(1823-1902)によって

フランス国家に遺贈されました。現在はルーブル美術館に展示されています。

この版画は1889年に制作されたとの記録があります。

1886年のオークションで原画を落札した会社(もしくは個人)が

販売用紹介図版としてブラールに制作を依頼した可能性があります。
 

(左) <ブラール(息子)作のエッチング17.0x12.0㎝> 

(右) <ミレー作「草を焼く農婦」、37.0x28.0㎝>

 

 

8) 「インゲンの採り入れ」

E.エドゥワン作 Edmond Hedouin (1820-89) 

エッチング1875年 20.5X16.5cm 

原画は油彩で行方不明 

 

9) 「グレヴィルの断崖」

B.L-A.ダマン Benjamin Louis-Auguste Damman (1835-1921)
エッチング 年代不詳 18.8X22.2cm 

原画はパステル 1871 頃 大原美術館 

 

10) 「春、ダフニスとクロエ」

D.トリップ刊 Editeur D.Tripp 

年代不詳 写真製版40.7x23cm 

原画は油彩 1865年 国立西洋美術館(松方コレクション)

 

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1)バルビゾン派の画家の作品を原画とする複製版画

 バルビゾン派の画家たちは版画も多数制作しました。

その中でもコロー、ルソー、デュプレ、ドービニー、ミレーらの版画は

デルタイユ氏によって1906年に発行されたレゾネで紹介され、

シェニョーの版画は1985年にバルビゾン市によって

発行されたレゾネで紹介されました。

 これらのオリジナル版画のほか、

美術雑誌や複製名画集に掲載する目的でも

バルビゾン派の画家たちの版画は制作されました。

 

入手が難しかったオリジナル版画に代わって

一般の愛好家はモノクロの銅版画や写真製版の

複製画を鑑賞して原画の色彩や迫力を想像していたのでした。

 画家たちも勉強のために複製版画を求めました。たとえばミレー。

1864年2月5日のサンスィエ宛ての手紙に「僕は二三日前に、

見物人としてフォンテーンヌブロオに行つて來たが、

あそこには悠くりと調べるべき面白いものが澤山あったので満足した。(中略)

ファールダンはブルテーレの賣立の目録を

二冊送つて來たが、繪のではなかった。」と書いていました。

 ゴッホはミレーの「耕す人」の模写を描こうとし、

1880年11月1日のテオ宛ての手紙に「シュミットさんのところで

ミレーが描いたデッサンの『耕す人』を見つけた。

 

それはブローン氏によってプリントされた複製写真だった。

シュミットさんは私にそれを貸してくれた」と書きました

(しばらく後にゴッホはミレーの銅版画の

「耕す人」を入手する事が出来ました)。

 このように複製版画は情報が少なかった時代、

国をまたぐ移動が困難な時代に美術のマニア

や画家のみならず、一般の人々にもバルビゾン派の芸術を

知ってもらう役目を果たしたのでした。

ミレー原画の複製版画
4)クルトリー作「落ち穂拾い、夏」エッチング、

について(制作されたのは1876年ではなく1875年だと思われます) 

 クルトリー(1846-1897):フランスの版画家・挿絵画家。

14才の時に建築家のもとで学び、その後版画家の

レオポール・フラマン(1831-1911)に学ぶ。

生涯で500点余りの版画を制作。

 

1874年、1875年、1887年、1889年にパリのサロンに出品し入賞、

1881年にはレジオン・ドヌール勲章を受賞。

19世紀の最も偉大な版画家の一人。

 「落ち穂拾い、夏」のエッチングは、

1875年のオークション・カタログの挿画として制作されました。

1875年は書籍の挿絵として写真が使われる前の時代で、

美術書や展覧会の図録、新聞などの読者に

画像を伝える方法として版画が多く使われました。

 このオークションは1875年4月20日にドゥルオー

(パリのオークションハウス)で「H氏のコレクションの売立て」と

いうタイトルで行われました。

 出品番号54に「落ち穂ひろい 故ジャン=フランソワ・ミレー

1857年のサロンに出品された油彩画の

別バージョンクルトリーによる図版あり」と

書かれています。油彩画を紹介するために

制作されたのがこのエッチングです、

この当時は書籍に写真を掲載する事が出来なかったので、

版画が画像を読者に紹介する方法だったのです。

 

下記に載せたオークション・カタログに

この版画は含まれていませんでした

(持ち主が切り取って鑑賞したのだと思われます)。

 

<1875年4月20日のオークション・カタログの一部

(フランス国立図書館のHPより)

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