今日は週末。
次女が来る日。


娘たちの話し声を聞きながら、ぼんやりするのが大好き。



今日は長女が


「プッチンプリンを買ってきた!」
と冷蔵庫の中に入れたのは何故か2個。



私の分は無いのだと言うの。



「だってこの間、プッチンプリンをプッチンするのは子どもだって言ったから、お母さんは食べないと思って」


と言われたわ。


娘よ。
日本語を正しく理解して欲しいわ。


私はプッチンプリンをプッチンすることに批判したけれど、プッチンプリンの事には何も触れていないわ。

むしろ好きよ。


だから母にもプッチンプリンを食べる権利があると思うのよ。



ま、いいのだけどね。
それよりそんなやりとりが楽しいわ。



昨日書いた記事、ゴルゴンたちと暮らしている次女。
長女はおそらく、次女の事を思って買って来たんだと思うの。



次女が産まれた時、長女はまだ2歳で、いきなり現れた赤ちゃんにとってもやきもちを焼いて、ミルクをあげるのも、おむつを替えるのも「やっちゃダメ!」と、邪魔をした長女に、私はとても困って、彼女に魔法の言葉をかけたの。


魔法の言葉をかけてから、次女が泣いていると「泣いてるよー」と私を呼びに来るようになった長女。

でもまだやきもちはまだ残っていて、時折私の見えないところで、ちょっとした意地悪をしていたけれど、でも魔法の言葉はしっかり効いていたわ。



それが今でも残っているのは、効力のある魔法だったんだなと今日改めて思ったの。



今日は次女と一緒の布団で寝る日。
私は眠るまで、何度も何度も彼女のおでこを撫で頭を撫でるわ。




ふたりとも、どんなにつらいことがあっても、そのつらい話題を笑いに変えて私に話すの。


次女は私に日々の暮らしを、笑いに変えて私に話すの。
私に石の心を必死で隠してるのも見えるのよね。


髪を撫で、おでこを撫でる以外に、私に出来ることはないのかしら。
抱きしめる以外に何か出来ることは、無いのかしら。
笑って話を聞く以外に何か出来ることは無いのかしら。



愛する娘たちのために
何か出来ることはないのかしら。
photo:01


ロセッティ
「アスペクタ・メドゥサ」


ギリシャ神話で例の髪が毒蛇のメドゥサは、もともとは金髪の美しい乙女だったとか。


この絵はきっと美しい頃の絵ね。



諸説あるけどアテナ神の怒りで美しい乙女から怪物となったメドゥサ。

怪物になってからゴルゴン三姉妹と冥界の近くでひっそりと暮らしていたと言われているわ。


そのゴルゴン三姉妹は、猪のような牙、青銅の鉤爪、鱗に覆われた体に黄金の翼、そして金髪の美しい髪はその一本一本が毒蛇になり、見た者を立ち所に石と化す魔力まで持っていたとか。


ゴーゴン三姉妹は、ステンノ(強い女、Sthenno)、エウリュアレ(遠くに飛ぶ女、Euryele)、そしてメドゥーサ(支配する女、Medusa)の3人







私はそのゴルゴン三姉妹をひとつにさせたような人を知っているの。


とっても強い女性
会ったことはないけれど、きっと魔力はあるわね。


このゴルゴンとゴルゴンの付き人のような男に、相当悩まされているわ。


このふたり、冥界の近くでひっそりと暮らせばいいのにとも思うのよね。
冥界には鏡があると思うから、自分の姿が見えたら外には絶対出ることが出来ないと思うのよね。
あっ、鏡をみたら自分が石になっちゃうのかしら?




私が一番許せないのは、その魔力で可愛い娘たちの心を石にさせてしまった事。



今まで最初から私が赤裸々にここで書けば証拠として残り、ペルセウスに助けて貰えたのかもしれないわね。


一番悪いのは、ゴルゴンの付き人のような男だから。



でも私は娘たちを守りたかった。
だから書かなかった。




私の今の役目は石になった娘たちの心を溶かすこと。
今の幸せを感じて行くこと。
大事に大事に優しく優しく、心を溶かして行くこと。



でも


風を感じ
風の向きが変わったら


いつか


ゴルゴンとその男の目の前に鏡を出せる日が来るといいわ。

ゴルゴンは最強だから、誰か他の勇者が現れないとだめね。



最強のゴルゴンへ


私たちが鏡を差し出さなくても、いつか自分の姿を男と一緒に見るといいわ。
へこむわ。


昨日40代のオトメゴゴロを書いてみたら、アクセス出来ないようになっていたわ。


私は前向きな気持ちで、健全に書いたつもりなのに。
でも表現がふさわしくなかったのね。

ほんと?


でもほんとに、へこむわ。



結婚して子育てして離婚して、それからのオトメゴゴロを書いたら



それは世間には出していけないものだったと言うことに



へこむわ。



でもまあ、おもしろいのでそのままにしておきます。



また書くわよ。
オトメゴゴロ。
photo:01



この絵は理想だわ。


「ecstasy」


エクスタシーっていろいろあるわよ。
快楽ばかりじゃないわ。
奥が深いわよ。



私はもともとはネクラなので、もしひとつ悲しいことを思い出したら、また次の悲しいことを思い出す。


そして今まであった悲しいことを、一個一個全て出して並べる。


そしてなぞる。



「ポロロロロン」



と心の中で、音を奏でてみる。



・・・・・・・



とっても悲しい音がするわ。
そして「じーん」とするの。



これは悲しみのエクスタシーだと思うわ。


この感じ、わかってくれる人いるかしら?
私だけなのかしら?


この時に必要なのは、ここでエクスタシーを感じたら


「私って誰がなんと言おうと、誰よりも特別にかわいそうだわ」


と思って、並べたことをきちんと心にしまうことが肝心だと思うの。



自分の悲しい出来事を、否定しちゃいけないし、披露してもいけないと思うわ。



でももし、心を許せる人がいて、相手が受け入れてくれるのなら、ひとつひとつ出して悲しい気持ちを整理する手伝いをしてもらう。



これも理想ね。




また話がそれたわ。
エクスタシーね。



私は今まで本当のエクスタシーを、感じたのかどうかはわからないけれど。



よく書いているけれども、五感をフルに使って自然を感じたときに、感動するときの感情が沸き起こるの。
もうあり得ないくらいに。



そしてその後、ノート1ページ分くらいの言葉が降りてくるの。




これってエクスタシーなのかしら?
ちがうのかしら?


沸き起こる感動の感情は、不思議な感覚ね。
何か映画やスポーツを見ている訳じゃないし、特別なことなんて無い。



全てを忘れて、ありのままを受け入れ、自然を感じる。

まずは全てに感謝し「無」になること。
そこから。


そうかそうか、それだ。


幸せのエクスタシー、見つけた。