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社会復帰して7ヶ月。
ゆっくりの神さまが降りた日々より長くなったわ。


今では、いままで何事も無かったかのように、仕事をしているの。


ただ、周りの人は体調を心配してくれて、何かあったらすぐ助けてくれるわ。



私の仕事は外回りの仕事なので、一日中東京のあちこちを移動して、たくさんの人に会う。

いままでゆっくり進んでいたから、忘れていたけれど、今日久しぶりに朝から、夕方暗くなるまで外を出歩いて



「ああ、休む前までは今までこうだったわ」



と、ただそれだけなんだけど、それを実感した日だったわ。




たくさんの人と話し、笑ったり泣かせてしまったり。

怒られたり褒められたり。


答えはいくつもあるけど、ベストをつくす。
私にとっていまの仕事ってそこかしら。


専業主婦を10年やって、そこからいちから働き出した。


もし私がまだ専業主婦だったら、今どうなっていただろうかと考えてみた。



・・・・・・・・・・



死んでたわ。



仕事は

子どもや家庭や何もかも抜きにして、問題の事柄を追求して片付けていく。


仕事って

終わりのない家の仕事の感じや、先の見えない子育てに比べると、結果が早く出て私は好き。



私らしく生きたい!
そう思い始めたのは、仕事を始めてからだったわね。



どんな仕事でも、私らしく生きるために。



何でも興味をもって、楽しく取り組む。
それが難しければ難しいほど。


がんばろう、がんばる私を楽しもう。


はたらくって、私にとってそう言うことなのよね。







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本当に優しいってことは本当に強いってこと
本当に強いってことは本当に優しいってこと


そんな事を実感する年頃になってきたわ。



毎日書いているこのブログ


結構言いたい放題で好きに書いているので、今までの自分を考えると不思議な感じだわ。

絶対色んな事が間違っていたりしてると思うわ。
表現も言葉も。
昨日の記事なんかは、私は訳が分からないわ。
思った事を出すだけ出したら、ああなってしまったのよね。




相手や周りの答えを求めるわたしは終わり、正解不正解関係なく私の言葉を出すという事は、私にとってとっても勇気のいること。


ブログだけじゃなく色んな所で、自分を全開で出しきってしまったら、意外に私はかなり強いオンナだと言う事がわかったわ。


でも繊細な部分もあるのよ。
それは忘れてはいけないわ。



「声」は健在
「種」も健在


でも、今は「こっちこっちの神」から呼ばれた現実の人たちに導かれて、色んな事が少しずつ進んでるの。


これからどんな結果であっても、私の為にここまで動いてくれた友人たちの事は、私にとって大きな宝として残るわ。


去年は内側の「声」で人生が変わったわ。

今は内側の「声」ではなく、今は外の「声」を頼りに進んでいるわ。



友人以外でも、たくさんの人に支えられて生きてるって実感するの。

私のことを応援してくれる人たちの為にも、娘たちの為にも、自分の為にも、優しく強くいかねばだわ。




いま降りて来る、一番の言葉は
「神を信じ、己を信じよ」


友人たちは私を信じてくれる。
私もきちんと信じてゆかねば。


優しくて深くて暖かい友人がいることに感謝して


ありがとう神さま
祝福された毎日に感謝して、私はどんどん進んでいます。



私にもっと優しい強さを。



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この絵は一度載せてるの。
でもアクセス出来なくなってしまったのよ。

この絵は大好きなので、もう一度載せることにしたわ。

前回のは表現が悪かった事で、アクセス出来なくなってしまったから、今度はちゃんと書くわ。


この絵に感じるのは、絶対的孤絶。
(絵の説明にも書いてあったけど「そうそう!」って感じだわ)


花園の中で堅く結ばれて抱き合っているけれど、そこは崖の上なのよね。

周りには何もない。



単純に考えれば、ステキな花園の中で女性を独占したい気持ちを表現しているかもしれないわね。



でも



他のクリムトの絵に感じるのは、女性の性的な恍惚を感じるの。
そこから、絶望や孤独を感じるわ。
死を超えた「無」の状態の性的な恍惚を感じるの。



そ、以前書いた「ecstasy」もあるわね。

これ以上詳しく書くと、またアクセスできないようになってしまうわ。




きっと


クリムトは女性が「無」の状態になった時、深い絶望や孤独を味わって(男性には超えられない何かを感じたのかもと。。)、でもそれが愛してやまないことなんだと、私は勝手に思うのよね。

クリムトって繊細だわね。


でも女性を愛するって事は、そう言うことを丸ごと愛するってことなのよね。




話は別になるけれど


ある国では、ある樹皮から作られた特別な布は「結合」を意味するもの。

パートナーシップ、結びつき、境界を表し、二人の人間が結びつくとお互いが共存するようになり、一枚の布に縛られ、縛られると一方の動きがもう一方に影響するようになる。(これは結婚の事だと思うわ)

一枚の布に縛られることは、健全なパートナーシップには明確なコミュニケーションが必要だと言うことと言われているわ。



そこで

クリムトの男女の絵には、一枚の布にくるまれているわ。

花園の中崖の上で、一枚の布にくるまれた男女。



人間の深い絶望や孤独、死を超えた恍惚、そう言う相手のことを丸ごと愛するって事は、崖の上で一枚の布にくるまれて行くと言うことなのかもと私は思うの。


縛られているから、相手の動きによって、互いが影響するようになる。
ちゃんとコミュニケーションとらないと、お互いが崖から落ちてしまうわ。



この感じ、わかるかしら。



この歳になって


これからの恋って、小鳥たちが飛んでくるような幸せもあるけれど、相手の絶望や孤独や死、相手のそう言ったことも丸ごと愛していくって事なんじゃないかと、私は思うのよね。
昨日の記事

「生命の樹」の左側


「期待」
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本当の解説があるかどうかは知らないけれど


この絵を見てると、頭の大きな感じから期待がとても大きいように感じるわね。

まっすぐに前を向いているこの女性は、ひとつのことを大きくまっすぐに期待しているように見える。



その生命の樹の先にある右側


「実現」(成就)
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クリムトの男女が抱き合う絵は、何かに巻かれて、ひとつに結ばれているような絵が多いの。

この感じが大好き。
ひとつに結ばれて、愛し合うことは何かに巻かれる事なんじゃないかと、思ったりもするわ。


愛の定義っていろいろあるけれど、そもそも全ての始まりは、男女が愛し合うことから始まるような気がするわ。


私はその愛し合った先の、娘たちの事で頭がいっぱい。


私にとって大切な大事な守るべき存在。


よくよく考えれば。

この結ばれて、何かに巻かれて愛し合うことから、更に愛する存在が産まれたのよね。


でも

私は娘たちの父親と何かに巻かれる事はなくなり、解放されたわ。


結ばれて、何かに巻かれる事もいいことばかりではなくて、調和を持って辛抱強く、慎重にやらねば、ずっとずっと巻かれて愛し合うことが出来ないんだと思うわ。



左側にある「期待」
右側にある「実現」



「生命の樹」の先に私も、誰かと結ばれて、何かに巻かれて愛し合う人が出来たらいいなぁと思うわね。


それはいま
「期待」じゃなくて「希望」なのだわ。


私の今の「期待」は違う表現になるわね。


でも希望を持つことを忘れちゃいけないわ。


そう


どんな事があっても、オンナとして生きる事も忘れちゃいけないわね。

慎重に辛抱強く、調和を持って。

iPhoneからの投稿
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私の大好きなクリムトの絵
これは壁画

「期待・生命の樹・実現」

この絵は1つに見えて、3つに別れているの。



今回は女性の絵じゃないけれど、クリムトは女性の絵を描くことで有名。
クリムトの描く女性の絵は何とも言えなくて大好き。
有名なのは「ダナエー」ね。


クリムトは本当に女性を内面から、いや魂から愛していることがわかるのよね。
良いところもわるいところも全て。
ほんと、何とも言えなくてステキ。



それはさておき



刺激の多い毎日
今が自分をきちんと持ってやっていく、がんばりどきだと思うわ。


今の事情を話したら、いつもの先生には


「今が、これからが正念場だよ」


と言われたわ。



最近「いま」を感じていられないくらい、いつもいつもいろいろ考えているの。




でもね



昨日から、金木犀の香りがすることに気付いた。
今日は夕食の後、娘と柿を食べた。


季節を感じる事で、「いま」を感じる事が出来たような気がするの。



金木犀に
柿に


「いまだよ!いま!」


そう教えてもらったような気がするわ。



前を向いて行くには、自分が「ここ」にいることを感じていないと、先に進まないと思うの。


大切な事を大事に大事にしていくには、前を向いて行かなきゃならないわ。



生きていれば、色んな事が渦を巻いて、たくさんの事が起こるのよね。

「生命の樹」の枝のように複雑に。


それでも変わらず、まっすぐ前を向いて大切な事を守っていけば、何か実現できるかしらと思うような、そんな絵だと思うのです。