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いま


娘たちとの生活はいろいろ問題は抱えてても、ふたりとも健康だし毎日が楽しくて順調。


約半年休んで、その後約一年前に社会復帰した仕事は、7年やっている仕事なので、4月で新たに入って来た新人さんたちには、当然の様にベテラン扱いされ、病気で休んでいたことなんて無かったかの様に、毎日忙しく働いている。それに仕事は自分の何かがぎゅっとしまった感じになるので、悩みや迷いがあったとしても、いい緊張感をもってやらせてもらっている。


なんつったって、メンバーみんなが優しいのよねぇ。


上司からいつも「無理しないで」って言われるのよぉ。

無理してないのに。。。。


なので、仕事は順調。



春から六つも年下の彼が出来て、おじさん好きな私はちょいと戸惑っているけれど、なんだか弟みたいな感じで、それでいて疲れた時には胸を貸してくれる優しい人なのだけど、その若さゆえのお付き合いに、ひとり気ままちゃんな私は、若干の恋愛うつ病を抱えつつも、なんだかんだと彼と楽しく毎週デートをしている。



うん



全てが順調。




ちょっと前に「解離と表現」について、記事を書いたけれど。



私の進みたい道はとてもとても遠回りで、でもそれが一番の近道なんだと思ってる。





大きな夢ややりたいことに向けて。




まずは。



娘たちを育てあげること
生活をきちんとすること
オンナとして生きること



その全てが揃った今
自分の手前にある幸せを実感していく。



上にある「無い物ねだり」をするのは嫌いだ。
自分を自分の理想に当てはめて行くことなんて出来ない。



よし。
ゆっくりでも、気持ちだけでも。



自分を表現する事ばかりが、進みたい道じゃあない。



そろそろ夢に目を向けて行こうじゃないか。
大きな大きな夢ややりたいことに向けて。






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「三つ子の魂百まで」

といいますが。


ワタクシ、三人兄姉年の離れた末っ子。
当然気ままちゃん。

小さい頃よく母親に「ほんとあんたは縛られるのが嫌いなんだから」と呆れ顔されていた私ですが



42歳子持ち独身
気ままちゃんは健在であります。
三つ子の魂ってやつです。


昔は母が呆れ顔だったけど、今は娘が呆れ顔でございます。



いま思えば、よくまあ16年間も結婚生活を続けて行けたと、我ながら感心しています。


気ままちゃん遺伝子は当然の様に、長女に引き継がれ、彼女の行動は時代が違うものの、その気ままっぷりは高校時代の私そのものでございます。


どうひとりを満喫するか、自由な時間の中から最も居心地のいい場所を探して行く。


友達との付き合い方も、無理はせず居心地いい人としか関わって行かない感じかよーく似ております。



若い頃母に
「人とは広く浅くよ!」と最初にオトコができた時に言われたものですが。


当然そんな付き合いは出来る訳がなく。



当然そんなで友達が増える訳がなく。



長女も本来、高校生活を満喫するべく、友達とお盛んな時期だと思うのだけど。。



ひとりを満喫しております。



日比谷公園で制服姿で、ひとりアスレチックを楽しんでる子が居たら、高校生のくせにスカートでターザンしている子が居たら、私の娘だと思って下さい。


【日比谷公園でハーモニカ吹いているおじさんへ】

どうか娘が話しかけても、どうぞ気になさらず、ハーモニカを吹いて下さい。


娘がどうヘンテコかを言いたかった訳ではないのだけど。



私も気ままに動いている時間の中で、自分の内側にある、ひとりのじかんがあるのよね。



三歳くらいまで、ひとり言が多かったわたし。


感情の器が壊れた事で、また現れた声たち。


声のない人格も。



内側には宇宙と繋がるような広い広い自分があり





ただそこには




ひとりでは無い「ひとりのじかん」を満喫してる「私」がぽつんといるのよね。






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私を含め、世の中のほとんどの人は「明るくて元気でがんばる人」が好きだと思うのよね。


暗くって弱くてがんばれない人は私も好きじゃないのだけど。。。



心が弱ってる時は、自分の事を棚にあげて、このみんなの「明るくて元気でがんばる人が好き」現象に腹が立つ事がある。



ネクラでもいいじゃあないか。
弱っていてもいいじゃあないか。
時にはがんばれなくてもいいじゃあないか。



うつ症状満載の私はいまそう思うのよね。



ふんっ。



人生の土俵に入って



「どすこーい」



ってするには、稽古もメンタルケアもしっかりとせねば。



ま。




毎日が稽古で
毎日が土俵入り



なんだけどねぇ。



明るく
元気で
がんばる





そこをどうにか



自分で自分を励まして





「どすこーい」




と行きたいわ。



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自分でも贅沢な病気にかかっていると自覚してるわよ。


うつ症状満載の毎日で思うことは


「自由ってなんぞや」


と思うわね。



娘に「自由になりたいわぁ」って言ったら「お母さんはこっちがイライラする程自由だわ!」って怒られたわよ。



愛することは、辛抱することでもあり、謙遜することでもあるけれど。


私が一番愛を注ぎたいのは、娘たちであって、その娘たちが安心して暮らせる毎日を送るために、考えて生きなきゃいけないと思うのよね。


今の彼には十分愛されてると思うけれど


「愛」という名の水がたっぷり入った鉢を両手に持たされ


「僕頑張るから、僕を見てて!僕を応援して!」


と。

どんな恋愛でも、そんな感じに陥るのは、私だけかしらん。



重たい重たい水いっぱいの鉢を、一滴たりとも溢さず、どんなに疲れても泣きたくても弱音吐きたくても、相手を見てずっと持ち、相手が疲れたらその鉢からそっとコップ一杯の水を差し出す。


弱音吐いたら逃げるのよ。
その場をさささっと。
オトコってそんな生き物なのよ。


結構きっついわぁ。


愛すること
辛抱強く
謙虚であれ


梅雨入りしたのに晴れてカラカラに乾いた風に吹かれて、いまブルーな気持ちになるのでした。



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世の中

大抵の人は自分の事で頭がいっぱい。



でも

それを嘆く程、人は周りを見てないわけじゃない。


誰かを頼ったり頼られたりしながら生きて行くには


まず自分がしっかりとしないと行けないんだわ。



梅雨入りの今日



雨が降ったり止んだりする、どんよりとした空模様を見て



ぼんやりと思う一日なのでした。



まず私はふわりふわりと漂うように、あてもなく自由に生きたいわ。


そう、今はそうでなくっちゃ。




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