「三つ子の魂百まで」
といいますが。
ワタクシ、三人兄姉年の離れた末っ子。
当然気ままちゃん。
小さい頃よく母親に「ほんとあんたは縛られるのが嫌いなんだから」と呆れ顔されていた私ですが
42歳子持ち独身
気ままちゃんは健在であります。
三つ子の魂ってやつです。
昔は母が呆れ顔だったけど、今は娘が呆れ顔でございます。
いま思えば、よくまあ16年間も結婚生活を続けて行けたと、我ながら感心しています。
気ままちゃん遺伝子は当然の様に、長女に引き継がれ、彼女の行動は時代が違うものの、その気ままっぷりは高校時代の私そのものでございます。
どうひとりを満喫するか、自由な時間の中から最も居心地のいい場所を探して行く。
友達との付き合い方も、無理はせず居心地いい人としか関わって行かない感じかよーく似ております。
若い頃母に
「人とは広く浅くよ!」と最初にオトコができた時に言われたものですが。
当然そんな付き合いは出来る訳がなく。
当然そんなで友達が増える訳がなく。
長女も本来、高校生活を満喫するべく、友達とお盛んな時期だと思うのだけど。。
ひとりを満喫しております。
日比谷公園で制服姿で、ひとりアスレチックを楽しんでる子が居たら、高校生のくせにスカートでターザンしている子が居たら、私の娘だと思って下さい。
【日比谷公園でハーモニカ吹いているおじさんへ】
どうか娘が話しかけても、どうぞ気になさらず、ハーモニカを吹いて下さい。
娘がどうヘンテコかを言いたかった訳ではないのだけど。
私も気ままに動いている時間の中で、自分の内側にある、ひとりのじかんがあるのよね。
三歳くらいまで、ひとり言が多かったわたし。
感情の器が壊れた事で、また現れた声たち。
声のない人格も。
内側には宇宙と繋がるような広い広い自分があり
ただそこには
ひとりでは無い「ひとりのじかん」を満喫してる「私」がぽつんといるのよね。
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