俳句:松山の俳人・正岡子規:その2
今、小学3年生の孫が、俳句を習っているので、四国の俳人である、正岡子規と山頭火について勉強!勉強! 正岡子規については、6月10日のブログでも、松山市余戸周辺の、俳句を紹介したが正岡子規の功績は、野球を広めたことにもある。 松山が産んだ偉大な「野球人」の一人が正岡子規である。正岡子規は数々の野球用語の日本語訳を施したが、そのほとんどが現在でも使われている。それは「直球」「打者」「走者」「飛球」などである。ベースボールを野球と日本語訳したのは中馬庚だが、正岡子規はそれ以前に「野球」という字を使っていたのである。 松山で、正岡子規を語るとき、山頭火のことも、思い浮かぶ。松山は、自由人、種田山頭火の終焉の地である。自由律俳人・種田山頭火が放浪の果てに辿り着いた、「落ちついて死ねそうな」場所、 として選んだのが一草庵。松山の護国神社の近くに、ひっそりと、一草庵がある。 ・ おちついて死ねさうな草萌ゆる・ 鉄鉢の中へも霰山頭火の句は、自由律。5・7・5なんて、くそくらえ。人生と同じ、自由に生きている。 一度、一草 庵を訪れてみてはどうでしょうか。