幕末の風雲と震為雷 | 易ブログ  八卦見の一分

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祈り、叫び、光である

今はあまり見かけなくなったが

易者の看板によく使われたのが地天泰ですが、

 

幕末の風雲児、清河八郎の家紋は震為雷だった

 

        

 

珍しい家紋で調べても由来がよくわかない

清河八郎の創作オリジナルかもしれない

 

震為雷の解釈は様々だが、乱世のエンブレムとも言える

 

清河は文武両道の才人

幕府最高学府の昌平黌で学び易経にも通じていた

当然震為雷の意味も承知していただろう

 

清河の幕末の活躍はご存知の通り

司馬遼曰く「清河はたった一人で幕末の風雲を呼んだ男」

並外れた行動力をもった、まさに震為雷の男だった

 

暗殺直前に清河が詠んだ辞世の句は

『魁けてまたさきがけん死出の山 迷いはせまじ皇の道』

 

上の句の「魁けてまたさきがけん」で

震為雷を連想したのは私だけではないだろう

運命を感じる