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原木王の生き様!

その名の通り、原木王の生きざまを赤裸々に明かす!
※但し、多分に誇張あり。

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左足腓骨骨折から10日が経ち、そろそろギプスの中のニオイが気になり始めている原木王であります。

まずは色々と心配してくださった方々、電話やメールやメッセージも沢山頂きまして、本当にありがとうございます。心より感謝致します。

さて、去る2日にMRI検査の結果が出まして、幸い脛骨の骨折はなく、脛骨・腓骨をつなぐ脛腓靭帯にも損傷はなかったため手術は回避できたものの、松葉杖生活で腕はパンパンになるわ、わきの下は擦りむけてくるわ、通勤だけで疲弊して汗は滝のように流れるわで散々であります。

チームも2試合連続で二桁失点で大敗し、「原木王がいれば」等とも思いましたが、それはやはり“たら・れば”になってしまうし、結局無い物ねだりに過ぎないので、そうは思わない事にして、今はただひたすら復活の日をイメージしながら牛乳を飲む毎日であります。

ただ、心身ともどん底のこの時にどのようにして状況を打開しようかと考えたら、やはりノってるチームのノってる奴からパワーを貰うのが一番と思い、昨年一緒にプレーしたカミと、あさくま原木王会をすることにしました。

チームは上昇気流に乗り、新しい(それも良くできた)彼女もでき、国家試験も手応え十分と、まさに絶好調なこの男から、沢山のパワーを貰うことができました。何かこう自分もやれそうな気分になり、萎んだ心に力が漲るようでありました。

また、その熱血ぶり・爽やかぶり・イケメンぶり・そして食いっぷりは松岡修造氏の後継者にぴったりであると思いました。やっぱり違うチームでプレーすることになっても、こういう繋がりは大事にしていきたいと思う今日この頃であります。奴の試験結果が出たらまた会を開きたいと思います。

なお、あと少なくとも2週間はこのままギプスで固定し、それから外すかもう暫く固定するかが決まりますのでとりあえず痒くなった足をどうやって掻くか思考中であります。ニオイについては、とりあえずリセッシュで消臭・除菌しておきます。
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21世紀最初の暴君、またの名を昭和フットサラー・原木王であります。

毎週金曜日に行っているのでありますが、ついつい写真を撮り忘れておりました。

写真は“メキシタイコンボ”といって、その名の通りメキシカンカリーとタイカリーが1つの皿で楽しめるというものであります。

“この二つ、実は親戚のようなものなんですよ”との触れ込みでありましたが、意味はよく解りません…が、美味であることは間違いありません。

なお、先の父の日にはハーフパンツを、オカンの誕生日には???をプレゼント致しました。さして高価なもんじゃありませんが、喜んでくれたようであります。
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21世紀最初の暴君、またの名を昭和フットサラー・原木王であります。

東日本大震災からちょうど3ヶ月経過した6月11日は足利くんだりまで関東リーグ開幕戦を戦いに行って参りました。

何年やっていても開幕戦というのは少なからず緊張するものでありますが、他チームの選手らと久々に再会して軽く談笑なんかしていると何かこう、今年も始まったなという気持ちになると同時に、我が家に帰ってきた気分になるのであります。

今季も少数精鋭である上、負傷者が続出して、苦しい台所事情である上に、更に新キャプテンの青ちゃんが開幕直前の練習で膝を負傷してしまい、まさに満身創痍での開幕戦となってしまいました。

かくいう原木王も、まあ身体のあちこちにガタが来てはいたのでありますが、「自分のコンディション=チームのコンディション」と捉え、チームトレーナーのいる整骨院の先生方の手厚い治療(男塾ではありませんが)のほか、新婚ホヤホヤの前々キャプテンの奥様が作ってくれた手作り弁当のおかげでほぼ万全の状態で開幕を迎えることができました。

試合は先制を許したものの、試合後半、原木王の怪しげなロングフィード自称無回転パスからのこぼれ球を前キャプテンの宇和島東くん(南宇和高校出身)が冷静にボレーで流し込み、辛うじての引き分けでありました。歴代キャプテンにお世話になりっぱなしの原木王であります。

内容・結果とも満足のいくものではなかっのでありますが、今の状態で昨季3位のチームから勝点を持ち帰ることができたことはよしとしなければならないでしょう。あとはチームとして試合での良かった点・悪かった点をチェックし、練習や練習試合でも公式戦と同じテンションで臨めるかが課題となってくると思います。

写真は試合後においしくいただいた足利から程近い館林のうどんで、鳥南蛮うどんとミニ親子丼であります。チキン野郎なので鶏ばっかりであります。

なお、選手やサポーターの方々にマニアックな人気を博している、mixiのセニョールのコミュニティ内の“セニョール・デッロ・スポルト紙評価”はもちろん今季も行います。また、日記もしくは前述の評価がセニョールのホームページに掲載されることになりそうであります。深夜枠から人気が出てゴールデンに進出した途端にダメになった番組みたいにならないように、魂込めて書きますので、今後ともよろしく哀愁。
21世紀最初の暴君、またの名を昭和フットサラー・原木王であります。

先にお詫び申し上げます。コスモ石油のくだりのチェーンメールにまんまとしてやられました。誤った情報を流し、いらぬ不安を煽ってしまい申し訳ございません。今後は小宇宙を全開にし、確かな情報を収集・伝達したいと思います。

さて地震のあった金曜日、京葉線や総武線など、千葉方面への路線は悉く不通、更には原木王の住むマンションが停電及び断水となってしまったため、何とか埼玉の実家に逃れたわけであります。

で、月曜日の朝も実家から出勤してみたところ、それはそれは強烈な混み具合でありました。押し潰された挙げ句途中駅で「降ります!」と声がかかったため降ろしてあげようと自分も一旦降りたところなんと乗れなくなってしまい、結局列の後ろに並ぶに羽目なり5本ほど見送ることになってしまいました。おかげで30分遅刻であります。ただ停電により京葉線沿線はじめ千葉方面からは誰も出社できなかったことを考えるとまだマシなのかなと、半ば強引に納得している原木王であります。

思えば原木王がフットサルを始めた頃はまだ実家に住んでおり、仕事を終えた後直接本千葉の練習場所に行き、終電に間に合うよう1時間ちょっとだけ練習して川口に帰るという生活を暫くしておりました。その後は家に車を取りに行ってから練習に行くようになり、原木に引っ越して原木王になり、そして船橋に引っ越して借金王に至るわけであります。

まあ当時に比べれば現在は通勤時間も短く、練習場からも近くなって練習も時間いっぱいできるし非常に恵まれていたので、今回の件は原点に回帰するという意味でポジティブに考えると致します…。
津波等によってたくさんの大事なものを失ってしまった方々が大勢いるわけでありますから、今を生きて仕事もして飯にもありつけて帰る場所があるというだけでも幸せであると思わないといけませんね。


なお、震災後いまだ家に帰っておらず、不安いっぱいではあるものの早く家に帰りたいと思っていながら、何気に実家の居心地が良くなりつつある原木王であります。家族とは本当にいいものであります。