さてさて、前回の続きです。


北野監督の驚愕の解釈が伺えるシーンとは、ラストシーン近くの、浅野忠信演じる剣客服部との決闘シーンです。



この映画で、北野座頭と浅野浪人は2度対戦しています。
浅野忠信演じる浪人、服部は剣の腕には相当の自信がありましたが、酒屋での1度目の対戦で剣を抜こうとした瞬間、市に先手を取られてしまいます。


何故、この時服部浪人が先手を取られたか。

服部は、今でこそ浪人の身分ですが、以前は藩でも一・二を争う剣の腕前でした。
武士の剣術では、刀を”順手”で抜きます。(下図参照)

やさしさに包まれたなら・・・-順手

この抜き方を、剣術では「向詰(むこうづめ)」といいます。

この抜き方は、刀を鞘に収めた状態から、素早く抜きながら斬るという技術の基本になっているのですが、相手とある程度の間合いがないといけません。

もともと、武士の剣術は、殿様の前で試合をする御前試合や、広い合戦場での戦いを想定しているものです。
だから、狭い屋内での斬りあいは想定していませんでした(江戸時代になって剣術が発展すると、そういう技も増えていきました)。


逆に、北野座頭市の抜き方は「逆手抜き」です。(下図参照)

やさしさに包まれたなら・・・-さかて
わはは!緊張感の無い画像ですみません(笑)
はるかちゃん可愛いからご勘弁(笑)
抜いている手が1枚目の画像と逆なのが分かれば良しとします。

上の抜き方は、「ヤクザ抜き」とも呼ばれていました。
つまり、この抜き方は、狭い所で抜群の威力を発揮する抜き方です。


それに加え、武士の持つ日本刀は、刀が反っているために、抜く時に腰をグッと後ろに切らなければ抜けません。

それに対し、仕込み刀には反りが無いため、腰をきらなくても簡単に抜けます。

それが、酒屋という、屋内の狭い空間で刀を抜いた時の勝負の分かれ目になったのです。



さて、2度目の対戦。浅野浪人は念入りに対策を講じてきたことが伺えます。

逆手には逆手で相手の抜き際を止め、返しの斬りには鞘で受けて、そのまま抜刀して斬る。完璧な対策に思わず笑みさえ浮かべます。

しかし、座頭市はスッと手を返し、順手抜き(向詰)で浅野浪人を一刀両断します。

その時の浅野浪人の驚いた表情。しかし時すでに遅し。浪人は斬られます。



さてさて、先程も書いた通り、向詰の抜刀は、剣術をきちんと学んだものしか出来ない技です。それを盲目の渡世人、つまりヤクザものである座頭市が使えるという事実は、一体何を表しているか。


つまり、
座頭市は以前、剣術を学んでいた。しかも武士の剣術を学んでいた。

ということになります。それはつまり、

座頭市は実は”侍であった”

と、気がつく人は気づきます。


武士階級をドロップアウトして、浪人になった浅野と同じく、座頭市もまた、武士から座頭という渡世人にドロップアウトしていたのだという北野監督の解釈があるのです。


おまけに北野市は目が見えているという解釈までしていますが、ここはご愛嬌という風に捉えています。
「いつの世も、世の中は目を覆いたくなるような事柄ばかりだ。盲目の方が生きやすいぜ」というメッセージが込められているのでしょうね。

ちなみに、最後の

「いくら目ん玉ひんむいても、見えねえものは見えねえんだけどな」

という台詞は、ダブルミーニングです。

1.見えてないものは目を開けていたって見えない=盲目である

2.見えているが、見ていないものは見えない=見えている


うまい台詞ですね(*^∇^)

香取しんご演ずる座頭市はどういうものになっているのでしょうかね~。
多分DVDになるまで待つとは思いますが(笑)、楽しみにしてます^^


ではでは|・ω・`)ノ



やさしさに包まれたなら・・・-座頭市1
子供の頃、夕方に再放送のドラマが放映されてまして、幼少の私はそれを観るのが大好きでした。
中にはコアなものも放送されていて、そのなかに勝新太郎の『座頭市』シリーズがありました。

盲目の侠客である市が、悪者を仕込み刀でバッサバッサと斬るシーンは、あまり情操教育には良い影響を与えなかったかもしれませんが(笑)、ワクワクして観ていたのを記憶しています。


ストーリーはすごく面白いのですが、なにせ昔のドラマですので、座頭市に向かって

「おい!どけ!このド○クラが!」

と言っていたり、座頭市本人も

「はいはい、すみませんね。ちょっとメ○ラが通りますよ」

など、放送禁止用語が連発されてしまっており、恐らく今後テレビでは放映されることはないと思われます(汗)


そんな『座頭市』を、北野監督がリメイクしたのが、2003年でした。ラストでの驚きの解釈に、仲間とあれこれ言いあったものです。

そして、このたび『座頭市THE LAST』が上映されています。
何故”THE LAST”と銘打つ必要があったのか、観ていない私には分かりませんが、勝新、北野武の名に恥じない作品になっていればいいな~と思います。


座頭市に注目が集まっているので、前作北野武版『座頭市』の補足をしようかな、と思いました。
あのラストシーンは、恐ろしく難解であったように思います。果たしてあのシーンで”それ”に気づく人はどれくらいいたのでしょう。恐らくほとんどの人が分からなかったと思います。

気にしなければ見逃してしまうシーンに、北野監督の思い入れが込められていると思いますので、ちょっと時代遅れではありますが、私なりの解説をさせていただきます。


と、書いていたら再び長編になってしまった(><;)
男はつらいよの悪夢が再びよみがえる(><;)

というわけで後編に続く;;;




『男はつらいよ』についての考察も、いよいよ最終回です(多分;;)
確か、GWに観たはずだよな~。。。
1ヶ月越しの考察は、もうこれっきりにします( ̄ー ̄;
今回も長文です。。。


<シェイクスピアとの共通点「悲喜劇」>


寅さんがマドンナにフラれ、それをおいちゃんやタコ社長が「あいつぁ本当に馬鹿だねえ」と呆れるシーンを観て私たちは笑います。

また、寅さんが気前よく皆におごろうと財布を出すとお金が全く入っていなく、なんとかごまかそうとする滑稽な仕草やハチャメチャな行動に私たちは大笑いします。


なので、この作品は喜劇と思われている人がほとんどだと思います。しかし山田監督はそんなに単純な笑いを用意しているわけではありません。

寅さんがフラれて落ち込んでいる。それを知った周りが口々に、それ見たことかと噂するが、それを寅さん本人が聞いている。これは面白おかしく描いていますが、寅さんにしてみれば悲劇以外の何物でもありません。

また、寅さんが飲食店でお金を払おうとして財布を見ると、お金が足りない。それも喜劇のようでいて、実は悲劇です。

このように、視点を変えると喜劇にもなれば悲劇にもなる作品を「悲喜劇」と呼びます。『男はつらいよ』は悲喜劇の部類に入るでしょう。


見方によって悲劇にも喜劇にもなるという、この悲喜劇を作品に多く取り入れたのがシェイクスピアです。
“冬物語”や“あらし”など、悲喜劇というジャンル分けがされた作品もありますが、彼の書いた他の作品にも喜劇と悲劇が合い交わる作品が数多くあります(“ヴェニスの商人”も金貸しシャイロックの視点では悲劇となる)。

山田洋次監督も、シェイクスピアの悲喜劇の手法をこの作品に取り入れました。

だから、寅さんの笑いの裏には必ずと言っていいほど、隠されています。しかし、それを感じさせては、もの悲しい映画になってしまう。だからこの作品には、悲劇を悲劇と感じさせないほど底抜けに明るい演技が出来る役者が必要だったのです。そしてそれを可能にしたのが渥美清さんという、すごい役者だったわけです。


渥美清さん亡き後、『男はつらいよ』の続編を制作する話もあったそうですが、実現はしませんでした。恐らく出来ないでしょう。この作品には、哀愁や苦労を微塵も感じさせない“真の喜劇役者”が不可欠であり、今の日本にそれが出来る役者はいないと思われます。西田敏行さんも笑福亭鶴瓶さんも、ちょっと役不足な感は否めません。『男はつらいよ』という作品は、渥美清さんの死とともに完結したのですね。合掌


底抜けに明るい喜劇作品に思われた『男はつらいよ』の裏には、実は悲劇が隠されていた。しかも驚くことに、この作品にはもう一つ、山田洋次監督の隠されたメッセージがあります。


<山田監督の「反社会的メッセージ」>


後半の作品にはあまり描かれませんが、初期の頃の作品には、寅さんが地方に行き、そこで出会ったテキ屋仲間や先輩たちの消息を尋ねると、すでに他界していたり入院して寝たきりになっていると伝えられるシーンが多く観られました。実際に寅さんがそのテキ屋仲間の所へお見舞いに行くシーンが描かれる作品もあります。

それらのシーンは、喜劇作品にしてはちょっと唐突なので、違和感を覚える人もいると思います。

わざわざ山田洋次氏がそのシーンを挿入した理由、それは・・・

彼らのなれの果ては、実は寅さんの明日の姿なのです。山田監督は、身寄りの無いテキ屋という職業の彼らが、孤独に死んでいく姿を描くことによって、陽気でハチャメチャな寅さんが行き着く末を暗示しています。

映画を観ている皆が笑い転げている、寅さんという男がやがて辿る運命とはこういうものだ。渡世人の最期というは、孤独の中で野たれ死ぬのが運命なのだというメッセージを私たちに突きつけているのです。

そこには、悲喜劇という要素のほかに、山田洋次監督の反社会的メッセージが込められています。


<戦争・復興そして『男はつらいよ』>


寅さんは皆が蔑むヤクザの渡世人として、明日をも知れぬ生活をしている。しかし、寅さんとは正反対の存在であり、本来皆から尊敬されるべき立場である“社長”という肩書きを持つタコ社長もまた、常に銀行へ融資のお願いにひた走り、資金繰りに追われている。彼もまた、寅さんと同じく明日をも知れぬ生活をしている。

安定した生活とはなんだろうか、私たちは皆、形こそ違えど明日の生活も知れぬ寅さんと同じなのではないか。そんなメッセージを私は感じ取ります。
では、何故そんなメッセージを山田監督は隠し入れる必要があったのでしょうか。


『男はつらいよ』の第1作目が封切りされたのが、1969年。日本はちょうど高度経済成長の真っ只中にありました。
山田洋次氏は1931年に生まれ、2歳で満州に移り住んでいます。その時期は、来たる第2次世界大戦に向けて、日本が刻々と軍国主義の色を濃くしていった時期です。彼はそこで敗戦を迎え、引き揚げを経験しています。戦争の悲惨さなどをいやという程に味わいつくしたに違いありません。

第2次大戦で、沢山の人が兵隊にとられ、見知らぬ土地に駆り出され、多くの人がそこで戦死しました。
敗戦後、生き残った者が今度は「企業戦士」と称して、経済戦争に駆り出されました。


戦争で悲惨な経験を味わった日本が、今は朝鮮やベトナムなど、他の国の戦争で金を儲け、かつて敵国であったアメリカの後押しのおかげで贅沢な暮らしを謳歌している。そんな状況は戦争というものの悲惨さを知っている山田氏の目に異様な光景に映ったに違いありません。

それは本当に幸せなことなのだろうか。自分達の幸せの裏には誰かの不幸があるのではないか。私達が家族団らんで笑っている、その裏には誰かが親を亡くして泣いているのではないか。
そんな山田氏のメッセージがあるように思います。

「誰かの笑いの裏には誰かの涙がある。」まさに悲喜劇そのものではありませんか。



『男はつらいよ』は、山田洋次氏そのものであるような気がします。大好きな映画に対するオマージュ、映画に対する愛情、恋愛、笑い、涙、社会批判、人生観など、山田洋次氏の持つエッセンスの全てを、この作品に詰め込んだのでしょう。一人の人間が命を懸けて表現した作品だからこそ、私達の心を震わせて止まないのでしょうね。

最後に、シェイクスピアの名言を記して閉じたいと思います。


「人生は動く影、所詮は三文役者。色んな悲喜劇に出演し、出番が終われば消えるだけ。」ウィリアム・シェイクスピア



おしまい。ありがとうございました

あぼ