あまりキレイに撮れませんでしたが、こんな一枚。
先週土曜日に行なわれた花火大会に行ってきました。
去年、一昨年と、超多忙を極めていたため参加出来ずにいたのですが、今年は時間に余裕が出来たため、3年ぶりの隅田川です^^
毎年、お友達の屋上をビアガーデン状態にして、皆でワイワイと飲みながら花火を見るという、まあなんとも贅沢な花火観賞でした。
花火大会は浴衣じゃなきゃ!と、意気込んで浴衣で参上したのはいいんですが、屋上に飲み物や氷や座布団や何やらかんやらを運ぶのを手伝わされて汗だくになってしまい、最終的には裾は尻はしょり、上ははだけて、かろうじて帯で止まっている状態というさみしい格好になってしまいました。
来年は浴衣はやめよう。。。
5時過ぎには飲み始めて、花火の始まる7時にはいい感じに酔っ払い状態。
お友達のママにワインも勧められて飲みまくり。
パパからは極上の焼酎を勧められて飲みまくり。
花火が何重にも見えて、それはそれは綺麗でした(笑)
さて、今や各地で花火大会が開催されており、三尺玉や連射など、豪勢で派手な大会も増えております。
しかし、この東京の隅田川で見る花火大会は、ひときわ感慨深いものがあって、私は好きです。
花火大会の起こりは、詳しくは知りませんが、こと江戸の花火大会が開催されたのには、面白い理由があるのです。
(以下、私の見聞き知った情報なので、真偽は不明です。話半分に読んでください。)
徳川家康が天下を統一したことにより、長い戦国時代に終わりを告げ、日本は250年以上の長きにわたる泰平の世になりました。
何故、これほどまでに戦争が起こらなかったのかというと、実は徳川が火薬を徹底的に管理したからなのです。
日本は、火薬の原料となる硝石が1グラムも産出されない土地です。
したがって、鉄砲に使う火薬も、海外からの輸入に頼らざるをえませんでした。
戦国の武将たちは、火薬を手に入れるために、キリシタンに改宗したり、火薬と引き換えに日本人を奴隷として輸出したり、それはそれは苦労しました。
(日本人が奴隷に売られていったという史実は、今も闇に葬られており、歴史書からは消えています。)
よく言われる「キリシタン大名」というのも、何も彼らがキリストの教えに感銘を受けたわけではなく、輸入元であるスペインやポルトガルの宣教師が他ならぬ火薬のブローカーだったからなのです。
とにかく、戦国時代の戦法に鉄砲、そして火薬は無くてはならぬ物でした。
そして、徳川家康が天下を統一してまずしたことは、他の藩に火薬が渡らぬよう厳しく統制をかけることでした。
日本が鎖国をしたのも、他の藩が別ルートで火薬を入手出来ないようにするためです。
徹底的に火薬の輸入を取り締まったおかげで、世界史上に例を見ない程の長い平和がもたらされたのです。
さて、当時の火薬は、現在のように密閉できる金属製の箱などなく、木製の樽のようなもので保管されていましたから、当然時間が経つと湿気で使い物にならなくなります。
そうした、使用期限が近づいた火薬を処分するために、江戸で幕府直轄の「玉屋」と「鍵屋」に命じ、花火を作らせて隅田川で打ち上げたのが、江戸で毎年花火大会が開催された理由と言われています。
戦争で使うはずの火薬を、花火で処分して人々を喜ばせる。なんて風情がある処分法でしょうか(笑)
幕府の人間もなかなか粋なことをするもんだなあと感心します。
わざと戦争を起こして期限の近い弾薬を処分したり、原子力発電で生じた廃棄物を劣化ウラン弾として打ちまくったりするどこかの国と比べて、なんとも風流な処分法でしたね(*´∇`)
余談ですが、江戸幕府が倒れたのは、薩長が幕府以外のルートで新型火薬を入手出来たおかげでした。 戦争になった時、幕府の火薬は湿気ていて使い物にならないものが多かったとか。
備えあれば…ですかね(・ω・)
というわけで、いくら花火が大きくなくても、隅田川で行なわれる花火大会というものに意味があるので、是非続けて欲しいなと思いながら観賞したのでした。
いや、酔っ払っておしゃべりして、あんまり見てなかったかも(笑)