気分はバラバラ -2ページ目

本当の気持ち

今日、エレベーターの中でエステへ出かけるであろう人を見かけた。
その人はやたらうきうきした顔をしていたので、どうしたことだろうと思っていたら、
なんと右手に弁当の袋を持っていた。
エステとは弁当を食べに行く場所ではなくて、体をきれいにしに行く場所ではないのか??
確かにエステは心をきれいにしにいく場所だとも考えられる。
そして我慢することが体にストレスを溜め込むことも分かる。

だがしかしエステはレストランではない。
心踊る場所だというのは分かるが、そんなことで心を躍らせてはしょうがない。

しかし私は思いついた。
レストランとエステの切っても切れない関係に・・・
だからエステランというのを作ろうと思う。

エステをした後に食べても、食べたあとにエステをしても、
結局プラスマイナスゼロだからそのお客はずっと来なければやせることはない。

ビジネスの基本続けること。
この条件を満たした上記のエステランはきっとはやること間違いなしだ。

そしてきれいな人は入会させない。
太られて弁当もってエステに来られたらたまらんからね。

どっち付かずのアイウォンチュー

今ニュースではライブドアのフジテレビ買収ニュースで持ち切りだ。
自分もインターネットの仕事に携わる事で、インターネットメディアのコンテンツ力の弱さというのは非常に強く感じた。テレビなりラジオ・新聞とも歴史を重ねた分だけメディアとしてのコンテンツ力はやはり強い。
だからテレビ・ラジオのコンテンツノウハウが欲しいという気持ちはすごい分かるし、他のインターネットメディアが自己満足に浸っている間にその話を進めようとしたホリエモンはすごいと思う。

またホリエモンはクリエイティブの趣旨が分かっていると思う。
それは今世の中にあるものから、それとライブドアを組み合わせる事で、新たな価値を生み出そうとしている。全部新しい事は自分の力で生み出せると思っているアホなやつらとは違う。結局世は歴史があるのだから、今ある物から新しいものを作っていくしかない。

しかしそれと同時に侵しちゃいけない領域というものがあるはずだ。
いくら新しいものを作りたいからといって、何でも自分のものにすればいいというわけではない。宮崎駿の映画のテーマとも近い感じがするが、現代人は何でも自分のものにしたがる。
まさに桃鉄の世界だ。

そしてホリエモンは世界一のメディアグループを作りたいと言っているのだから、
自分がメディアに出る場合、怒らずちゃんと説明する必要があると思う。
アホなアナウンサーがアホな質問した場合でも、一般の視聴者と同じレベルなはずだから、そういった人たちに説明しなければいけない。
せっかくホリエモンがどんなに優れて革新的だとしても、彼は芸術家ではなく、経営者なのだから、分からせなければならない。

今他の経営者とは違うという事を見せつけてほしいと思う。



裁判は心躍る場所なり

今日植草教授の判決が出た。
アナウンサーはすらっと判決内容を述べていたが、一つおかしな事があった。
それは
「手鏡没収」
というものだ。

しかも植草教授は控訴するらしい、相当の思い入れがある手鏡なのか。
それともなにか特殊な加工でもしてあるのか。

さてもっと多くの人に裁判に興味を持ってもらうために、
判決内容をもっと面白いものにしたらいいと思う。
そして犯罪をなくすために、辱めをさらすような内容にしたらいいと思う。

例えば植草教授の場合
(鏡使用の禁止)
こうすることでもちろんのぞきも出来ないが、鼻毛のチェックやら、
まゆげのつながりやらあらゆる事が確認できなくなり、人に物を教えるどころではなくなると思う。

またライブドアの場合
(一生同じTシャツ)
にすれば、ホリエモンは一生Tシャツのままで、一生野球には参入できそうもなくなる。
またコンパなどに行ってももてそうにない。

例を挙げればきりがない。
人間の大事な心、恥ずかしいという気持ちを生かすような判決にすれば、
犯罪も減るだろうし、何より人の判決に興味が出る。

きっとぺ様ファンも心躍る事だ。

みんなのうた

今日あまりにも暇でキンパチをみたら女子が
「私もみんなと一緒に受験した~い」
とおっしゃっていた。

最近お笑い見てても何か同じようなネタが流行っている。

音楽にしても似たような同じ方向のものばかりだ。

確かにみなと同じ方向を向くのはラクな事だ。
しかしラクだと気付いて向いているのならまだましだが、
たいていのところ気付いていないのが本当のところだろう。

右向け右、左向け左。

それが正しいなら、それを指示する先生になりたい。

私はカオで生きています。

「いやー、それは違うなあ」
って何を言っても最初にそうやっていう人が大嫌いだ。
だいたいそういう奴に限って、顔がブサイクだ。

顔のブサイクさは絶対心にあると思う。

よく面食いはあまり良くないとされるが、
こっちはそれだけ人の顔を見ればある程度分かるし、
もう何年も生きているんだから、顔見りゃ分かるだろうって話です。

どんなうんちくを語るより、鏡を見なさい!!

自分の顔がどう映っているのか、
どれくらい鼻毛が目立ちたがっているんか。

自分の切なさに気付けないようでは、
会社の問題点やら、家庭の問題に気付けるはずが無いと断言したい。

好き嫌いの必然性

キュウリが嫌いだったり、お好み焼きが嫌いだったり、マヨネーズが嫌いだったり、鼻毛がのびている人が嫌いだったり、人それぞれ好き嫌いがあると思うが、人間数値の約束が一番嫌いなはずだ。
兵庫かどっかで行われていた環境やらの世界会議にて、宣言こそ採択されたものの、具体的な数値は見られなかった。具体的な数値をいってその数字を達成しなければいけないというのがみなめんどくさいからである。
偉いおさんおばさんだって、所詮一人の人なのである。

人間がたいして成長できない理由はここにあると思う。

かつてラビット関根が「なぜそれを食べられないの?」と聞くのが一番無意味だと言っていたが、まさにその通りで、人間数は食べられないのだ。

知らぬが仏

人間知らなくていい事を知り過ぎて、本質を逃してはいないだろうか?
時代の流れが早すぎて、情報が溢れ過ぎて、その中で時代の先を追い求めなければいけなくて、頭でっかちになりたくはない。
例えば・・・

仕事に没頭し過ぎ、仕事もできるのにやたら肩に雪が乗っている人。
真剣なまなざしで愛について語っているのに、鼻毛が出ている人。
いい男について話しているのに、自分はひげが生えている人。

例を挙げれば、切りがない。
人間いつだって、余裕がなければいけない。

すごいきれいな女の人が我を忘れて走った時の顔は見たくない。
男は常にそんな事をおっさんになっても考えているということから、余裕があるという事なのかな。それとも時代感が無いか、合理感が無いか。

まあ知らぬが仏という事はこんな事かもしれない。


けこんのくすり

何とかの宮様と一般人の黒田??さんの入籍会見が今日行われるらしい。
一般的に誰かすごい人とけこんする一般人というのは、過去の生い立ちのVTRが流される。
お茶目な一面だったり学生生活・社会人生活、どこからそんな情報をという位いろいろと調べあげられ、流されていた。

もしこれが自分だったらどうであろうか?
フラレタ直後の顔だったり、飲みすぎてぐだぐだになった時の顔だったり、説教されている時の顔だったり、一人でにやにやしている時の顔だったり・・・
きっといい場面なんて5分たらずで、あとは失敗した場面に終始してしまうだろう。

しかしみなそんな物でないだろうか?
人に自慢できる過去なんて言う物は、きっと自分の中で作り上げた物だろうし、隠したい過去で満ちあふれていると思う。
しかし人間はみなそうして成長していくはずなのである。
過去の自分なんて自分が一番知りたくないはずだ。

だからもう過去はいいじゃないか!
かといって未来が優れた物になるとは限らないが、過去を悔やむよりはマシだ。

グリーンヒルのおかみどりのように、頭の前で手をぐるぐるしてもらい、忘れたといえば嫌な事を全て忘れてしまうような広い心を持ちたいと思う。
そのひろいこころがけこんを成功させる最大の薬である。


こみゅにけーしょん不要論

今の時代最も必要とされているのは何と言ってもコミュニケーションであろう。
その意味は人見知りせずに話せるという事、なにより話す事に重きを置いている。
しかしそんなにうまく話す事が必要であろうか?
話さなくても分かるだろうなんて言ってしまえばかっこいいいが、話さなきゃいけないっていう時はだいたいめんどくさい時である。
いつ・どこで・誰と・何を・何した??
この説明を求められ、うれしい時なんて一度も無い。むしろ自分の状況が悪い時にしか聞かれない言葉だ。
結局言葉はめんどくさい物だ。
「何もしゃべらなければもてそうなのに・・・」
しゃべらなくてもまあもてないのだが、しゃべってももてない。
ゆえにこみゅにけーしょんが優れてたとしても、もてない。
それならこみゅにけーしょんなんていらない。
しゃべる暇があったら、鏡でもみて鼻毛を抜いた方がよっぽどもてそうだ。

こらぼれーしょん??

最近はすっかり定着したこらぼれーしょん、その意味を考える。
ケース1
超高級肉を使った鍋が自慢の料理屋さん。
高級料亭かのようなたたずまいの中、その店の看板。
「コーヒー・○○牛・うどん」
コーヒーを自慢にする意味は??

ケース2
地元に根付いた床屋さん。
店の入り口に貼られたその看板。
「包丁研ぎます!!」
包丁研ぐ前に、髪を切る練習をしてほしい。

以上のケースから分かるように、何でも組み合わせればいいって物ではない。
珈琲屋のカレーとか、ブサイクにミニスカートとか、ブサイクにギターとか・・・
ミスマッチといえば聞こえはいいが、それ相応の物という物があるはずだ。
組み合わせる事で、意味がなくなってしまう物もある。

例えば会議とか、人が集まってもたいした意見が出るわけでもない。(引用:土屋教授)

だから私はコラボレーションとはかかずにこらぼえーしょんと書く。