直木賞作家の三浦しをんさんが読売新聞に掲載し、2018年9月に出版した作品
主なストーリは次のとおりです。
1藤丸陽太と木村紗英の出会い
国立T大学赤門向かい、本郷通りから入ったところにある洋食屋「円服亭」は、調理から接客まで頑固痩身の店主円谷正一が、住み込み店員である藤丸陽太と営んでいる。
ある日突然に円谷が自転車を購入、自動車の運転免許を持たない藤丸が自転車で配達を開始。初めての注文がT大理学部B号館361号室松田研究室だ。注文の品を配達に行った藤丸は、古い建物でドアを開けるのにもコツがいる理学部B号館361号室のドアを本村に開けてもらった。
以降デリバリーは好調で、しばしば松田研究室に配達に行く藤丸に「シロイヌナズナ」を研究するという本村の真摯な姿、自分の研究を生き生きと語る姿に藤丸は告白、しかし3日後「誰とも付き合わない」と断られる。
「植物には、脳も神経もありません。つまり思考も感情もない。人間の言うところの『愛』という概念がないのです。」(中略)「私は、植物を選びました。愛のない世界を生きる植物の研究に、すべてを捧げると決めています。だれともつきあうことはできないし、しないのです。p92
2本村と松田研究室
告白を断っても藤丸は配達の度に、本村の研究の進捗を尋ねる。藤丸の人柄を理解し、本村は自分のこれまでの研究者としての道を思い起こし邁進する。そんな彼女を同じ研究者の仲間は、心配しつつも応援する。
また藤丸も研究室のドタバタや、松田教授の同僚諸岡教授との芋掘りなどに巻き込まれながらも楽しく研究室の院生と付き合う。
「広い視野が要求されます。(中略)『すぐに結果が出て、ひとの役に立つ研究以外は、すべて無駄であり無意味である』と言う成果主義が、世の中を覆いつくしてしまう。」「円服亭のように、プロとして料理の腕をちゃんと振舞いながら、その料理を気持ちよくお客さんに味わってもらう配慮も欠かしてはいけない、ということですね」p152
『知りたい』という思いは、空腹に似ている。そして、うつくしいものを追い求めずにはいられないから研究するのです」p153
3研究室の仲間と松田教授の思い
T大生の学部自習に入り、松田教授が黒のスーツを着ている、藤丸曰く「死神みたい」という佇まいに研究室の面々は色々と想像を膨らませる。
お正月を苦々しく過ごした本村に、暮れにボルネオ島研究調査が決まった川井が、松田の様子がおかしいと話し、松田の同僚諸井に相談すると、松田にとっての奥野という同期の調査採集時事故で亡くなったという話を聞かされる。そして意を決し松田に尋ね、亡き奥野への思いと研究について語らせる。
4本村の研究成果と藤丸2度目の告白
2月に入り、いつものように栽培室に行った本村は、自分の研究で求めていた四重変異体の子葉が出てきているのを目にする。喜んだのもつかの間4つの遺伝子の掛け合わせを取り違えたかもしれないことに気づく。「研究者失格」と思われたくない、やり直しても間に合わないかもしれない、どうにかならないものかと苦悩する本村。そんな彼女の様子に研究室の皆が円服亭での飲み会を開催、彼女が相談できる雰囲気を作る。
色々な意見が出る中、
藤丸だけはさして驚いたふうでもなかった。「つづけるっすね」と答える。
「なんで言い切れるの?」
「デカパイ(子葉のこと)ができたとき、本村さんはすごくうれしそうでしたよね。そういう気持ちって、大事にしたほうがいいと思うっす。」p336
藤丸のまっすぐな言葉に目が覚めた本村は松田に相談、「直感をバカにしすぎてはいけない」「もっと自信を持っていい」という言葉に研究を続け、川井のボルネオ島調査も無事終わり、本村は実験に集中しつつ、夏の合同セミナーがT大学で行われるため、参加者の昼弁当と打ち上げ料理のデリバリーを藤丸を通じ、円服亭に依頼する。
店主がOKし、準備のため相談のため本村の研究場に通う藤丸。そして実験成功の現場には居合すと、藤丸は2度目の告白をしてしまう。
5「愛なき世界に「愛」を語る
藤丸の2度目の告白を即断った本村。その後藤丸は生き生きとシロイヌナズナの話をする本村にシロイヌナズナに嫉妬や怒りも湧きようもなく、眩しく眺めている。
あっという間にセミナー当日がやってきて、円服亭の円谷店主と藤丸はセ怒涛のデリバリー2日間を無事終える。そして岩間が藤丸に、藤丸の好意を利用していると話しているのを聞き本村は逃げる。
片つけを終えた藤丸のところに、本村はやってきて2日間の感謝と傲慢で自分勝手だったかもと逃げた詫びを伝えた。
「俺はそう思わないです」と藤丸は言った。(中略)
「本村さんは、愛のない世界を生きる植物のことをどうしても知りたいんだ。だからこんなに情熱を持って研究するんだ、って。」
「その情熱を、知りたい気持ちを『愛』っていうんじゃないすか?植物のことを知りたいと願う本村さんも、 この教室にいるひとたちから知りたいと願われている植物も、みんなおんなじだ。同じように、愛ある世界を生きている。俺はそう思ったんですけど、ちがうっすか?」p443-444
輝く目をした本村を思い起こし、藤村は幸せな気持ちでその夜疲れで眠りに落ちる。
「植物」の研究に関する部分は分からないという人も多いかもしれない(実際に私もそうでした)447ページという長編を、著者のユーモア溢れる文体、抜群なギャグセンス(ギャグか?)のおかげで、興味もなかった植物の細胞を顕微鏡で覗いてすごく綺麗だと思う藤丸そのままの感情を抱きつつ、一気に読むことができました。
特に主人公の藤丸は特に頭は良くないけれど、彼の台詞にはものすごく力があって、ラストで「愛」について彼が思う所を述べるシーンは本当に素晴らしいです。
いやはや「駅伝」「林業」「辞典」だけじゃなく、「植物」までもこんな物語に仕上げてしまうとは、さすが三浦しをんといったところでしょうか。
とにかくオススメの1冊がまた増えました。
愛なき世界