「1989」は「わかってもらえるさ」なのか | こちら東日本営業部

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(一部の方にはなんのことやらな記事だと思いますのでスルーしてください。書き残しておきたかったのです)


今日届きました。
RCサクセション「シングル・マン」デラックス・エディション。





1970年代、清志郎の暗黒時代。
乾坤一擲、起死回生を賭けたアルバムは無惨にもあっという間に廃盤になりました(その後、再販売運動により陽の目を見るのは少し先のことです)。

1976年リリースされたあの名曲「スローバラード」もわずか数ヶ月で廃盤(涙)
そして次に出したのが「わかってもらえるさ」。
しかし残念ながらわかってはもらえず、暗黒時代はまだまだ続くのでした。
 
その後、ギターにチャボを迎え、フォークロックスタイルからエレキギターに持ち替えてロックバンドへ姿を変えたのが1978年。
そしてスタンダードナンバーとなった「雨あがりの夜空に」が1980年。
そこからRCの怒涛の快進撃が始まるわけです。
 
 
「わかってもらえるさ」はこんな歌詞です。
 
 
こんな歌 歌いたいと思っていたのさ
すてきなメロディー あの娘に聞いて欲しくて
ただそれだけで 歌うぼくさ
 
この歌の良さが いつかきっと君にも
わかってもらえるさ いつか そんな日になる
ぼくら何も まちがってない もうすぐなんだ
 
気の合う友達って
たくさんいるのさ
今は気付かないだけ
街ですれちがっただけで
わかるようになるよ
wow… yeah
 

 売れない理解されない悲哀。
「いつかきっと君にもわかってもらえるさ」と誰かにすがるような歌詞。
それをあえて軽やかに歌う。
暗黒時代の清志郎を象徴するような一曲です。
 
 
さて、前置きが長くなりましたが、本日の記事のメインは清志郎じゃありません。
 
この前から聴いているピロウズ。
 

 

 

 

 

 

デビューから20年を経過して出した2枚目のベストアルバム。そのオープニングが「1989」

1989年は彼らのデビュー年です。

 

 

こんな歌詞です。

 
船を漕いで濡れながら
僕はやっと街に来た
ハジメマシテ コンニチワ
君は誰 急ぐのかい
 
僕はずっと孤独だった
会いたかった 誰かに
ハジメマシテ コンニチワ
何がそんなに可笑しいの
 
ただ黙ってしゃがみ込んで
楽しそうな街にいる
隠し持った贈り物
渡せないで息を吐く
 
Please, catch this my song
新しい自分を
Please, catch this my song
探しに来たのさ こわいけど
 
独りぼっち 寂しさに
慣れたなんて嘘だよ
忘れそうな自分の声
喉はずっと乾いてる
 
Please, catch this my song
必要とされたい
Please, catch this my song
明日は誰かに会えるかな
Please, catch this my song
君に届くように
Please, catch this my song
歌っていたのさ 1989
 
船を漕いで濡れながら
僕はやっと街に来た
今になって 群れながら
僕はやっとここに来た
 
Please, catch this my song
Please, catch this my song
 
 
この曲を聴いた時に思ったのが「これはピロウズ版の『わかってもらえるさ』なのか?」ということ。
淡々と歌いはじめ最後に山中さわおがシャウトする。ドラマチックな曲です。

隠し持った贈り物
渡せないで息を吐く

贈り物は彼の作った歌のことでしょう。
 
Please, catch this my song
 
「聴いてくれ」ではなく「受け止めてくれよ」というニュアンスを感じます。

デビュー20年目のベストアルバムのために書き下ろしたのがこの曲。
20年歌い続けてなお、「必要とされたい」と歌い「まだ届いていない」という渇望があったのかと驚きます。

清志郎の暗黒時代もひどいものでしたが、山中さわおという人はずっと満たされない思いを抱えて歌い続けてきたのだろうかと。
 
多くのミュージシャンが「好きだ」というピロウズ。世間一般の知名度はさほどではないにしろ、玄人には充分に伝わっているバンドです。
でも長いこと「まだ伝わっていない」「わかってもらっていない」という思いだったのか…
しかしそこにも希望があったのだと思いたい。
何かをやり切ったから解散を選んだんじゃないのか。

まだまだピロウズ初心者の私の拙い感想です。
彼らはいずれ再評価される時が来る気がします。
こりゃハマるな。