以前「支援学校の見学」をブログで書きましたが、途中で消えてしまったので、あれから書きませんでした。
実は、今の支援学校を選んだ一番の理由は刻み食を対応できるからです。
ご周知のように(長く私のブログを読んでくれた方々は)、あちゃんは地域の小学校の支援級&インクルーシブ教育の小学校の支援級で小学校生活を送っていました。
小学校の六年間、楽しいこともたくさんありましたが、
悲しいことや寂しいことのほうが記憶の大半を占めているので、どうしても忘れようにも忘れられないのです
特に、一年生の時、あちゃんの刻み食のことについて、教育委員会と学校側に散々無心で嫌な言葉を掛けられました
暗い記憶の一部を抜粋
「支援学校でも支援学級でも刻み食は対応できません
学校長は今まで刻み食を食べている障害児を見たことがないので、
例え、すぐに食べられる刻み食のお弁当を学校に持参しても、
必ずご両親のどちらかは学校に来て、あちゃんが食べ終わる最後まで見守らなければなりません
もし、ご両親が病気や用事で学校に来られない場合は、あちゃんのお昼ご飯はありません」
とまで言われました。
言い換えれば、両親がいないとあちゃんは餓死する状況に置かれています。
あの時、私のお昼休みの1時間に合せて頑張って学校に行ってあちゃんのお弁当を食べさせましたが、
苦労より、私とパパが何かあったらあちゃんは餓死されちゃうかと
毎日恐怖と不安と絶望の気持ちで日々を送っていました。
あちゃんはクラスのみんなと離れて別室で私とお弁当を食べて辛くて毎日泣いていますが、私も泣かない日はありませんでした
そのような精神状態なので、2ヶ月後、私は耳管開閉症になってしまい、いつ難聴になってもおかしくない状況だと、主治医に言われました
そして、もっと酷いことに、支援担任と介助員があちゃんへの日常的な虐待が発覚し、やむを得ず転校せざるを得なくなりました
二年生から転校し、30年前からインクルーシブ教育を行ってきた地域の小学校の支援級に入れもまして、
最初はよかったものの(転校前からしっかり話し合ったので)、ここでも思いがけない言葉の数々にかけられてしまいました。
二年生半ばに、あちゃんの支援担任に(今すぐじゃないけど、そのうちは軟飯など対応できなくなるかもしれない)と言われました
何より、インクルーシブ教育を推進してきた、転校前から刻み食を含め色々と相談し、心から尊敬と信頼をしていた先生に理不尽に怒られたことで、
次の学校は絶対にあちゃんの刻み食を対応してくれる学校を選ぶ
と心から誓いました。
前書きは長くなりました
今の支援学校を見学した時、私とパパは真っ先に見学説明会を担当していた部長さんに、
「刻み食を対応できますか?」と確認しました。
部長さんは、
「はい、対応できます」とすぐに答えてくれました。
入学してから、他にも食べることに課題がある生徒がいるので、
御米のご飯は炊飯器でお水を多めに入れて軟飯を炊いて対応しています。
パンは最初あちゃんが食べやすいように、1cmぐらいの厚さのスライスにしています。
ちなみに、他の生徒は担任たちは教室でハサミで一口サイズで刻んでいます。
おかずはすべて5mmサイズで刻んでいます。
それでも、お肉や魚など硬くてパサパサしていて食べにくい時は、担任たちはご飯やスープに混ぜて食べやすくようにしてくれています。
食べる時は、担任たちは常に見守っている体制になっています。
おかげで、あちゃんは入学してから毎日完食です😋😘
そして、中学二年生の個別懇談はまだですが、
中学一年生の個別懇談のとき、毎回担任たちは「刻み食は合理的配慮ですので、、、」と、合理的配慮の元、学校であちゃんの給食の刻み食の対応を具体的に説明してくださっています。
そして、入学してから今まで、担任たちや栄養教諭の先生、私に嫌な言葉や嫌な顔など一回もされてなかったのです❣️
栄養教諭の先生は偶に学校の廊下で私にパッタリ会うことがありますが、
いつもにこにこの顔して、「あちゃんの給食で何がありましたらいつでもおっしゃってくださいね~〜私達はあちゃんが食べやすいように対応しますから〜」と優しく声をかけてくれています😍
あちゃんの刻み食で、この学校で初めて人間の温かみを感じる瞬間でした☘️❣️☘️
たかが刻み食、、、
されど刻み食、、、
今の学校を選んで、今の先生方々に出会えて本当によかったと思っております❣️
☘️☘️☘️☘️☘️☘️☘️☘️
最近ツツジが楽しむ季節になってきましたね~
あちゃんの通学路できれいに咲いていて、またついつい撮ってしまいました🌸😍
良い週末を💕☘️