あれから2年、実は私の身近にも事故に関わった人達がいました。
テニス仲間の2人とバドミントンをしている人の3人はとても仲が良くて
毎年のように国内外に旅行していました。
その日はバドミントンをしている人が仲間を連れて初めて4人で
アジアの国に行くことになっていました。
3人は家が近くなのでいつも行動は同じで、関空で初参加の彼女を
待っていました。

ところが、予定の時刻になっても彼女は現れません。
その時は事故のことをまだ誰も知らなかったそうです。
電話をかけても通じないし、仕方なく3人で出かけました。
2泊3日連絡もつかないまま3人は帰って来ました。
その時初めて彼女があの事故に巻き込まれていたことを知ったのです。

彼女は生存者として最後に救出された方ですが
残念ながら後日亡くなりました。
お友達の驚きや悲しみは計り知れないものがあったと思います。
そのことを私たちテニス仲間に話せるようになったのはそれから
1年は経っていたと思います。

そして多くの人達が同じように悲しく辛く悔しい想いをされたことでしょう。
あの事故は明らかな人災です。
二度とこういう悲しい出来事が起こらないよう祈るばかりです。