連載小説・第62回です。

小説始めます。「手書きのタイムマシンneo」手書きのタイムマシンneo 61.夢中光明 まで。

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第62回「歩行練習」

外池は照れ隠しのように、イーッといたずらっぽい顔をして見せて、すっと真面目な表情に戻って言った。

「大澤君、向いているのかな、セラピスト… 特に心のリハビリって…」

「心の?」

「こないだの実習で、私担当患者さんを怒らせちゃったりして、なんであんなひどいことが起こったのかって思ってたけど… 私に何が足りなかったのか、わかった」

「へー…なに?」

「私、わたしのための言葉しか言ってなかった。届けることが大事なんだよね」

 

軽く驚いた。

そんな風に自分をとらえるなんて、外池は成長したんじゃないか?

 

「私たち学生なのに、どうして患者さんたちに愛想を振りまかなきゃいけないのか、あなたの行動が謎だった。けど、あなたが患者さんたちに振りまいていたのは、相手を思いやる言葉…だったのね」

「…買いかぶりだよ… 俺だってそんな言葉なんて、考えたからって出てこないよ。そうあればいいなとは思ってるけど」

「私なんか、テストよくったって、レポート出来たって、患者さんにうまくわかってもらえないし…」

「おいおい、テストとレポートの才能はほしいぞ」

「言葉を見つけるって、何とかしたいって思い続けることなんだね」

「はは、そうだよ… すごいね、君」

「すごくないからいってるの」

何かほめたことは伝わったらしい。笑った。

俺も伝わるように言葉を発する努力を積みたい…

俺のやり方、あり方が正しいのかはわからない。けど、もし少しでもこれでいいって思ってくれたんなら理解者が増えたようでうれしい。

ふと思った。こいつの言葉こそいつも俺には予言のようだ。いや「預言」か。

なんていうか…その時々に俺に必要な言葉をくれるみたいだ。

 

外池は洗い物などしてくれている。

ふと新婚みたいだ…などと思ってしまい、赤面する。少し前までは、そんなシーンにいるのは中江真美でなきゃ嫌だった。今、悪くないと思っている自分に驚く。あわてて声をかける。

「そろそろ遅いよ」

「明日また行くの?」

「行かなきゃ始まらない」

「ん」

「深夜になってしまわないように帰れよ」

「じゃあ。あ、見送りとかいらないからね」

そういわれて、扉を閉めたが…なんかおかしな気分だ。不完全燃焼…か。

『送っていかなくていいのか?』という思いが電撃的に浮かんだ。

(なぜ追いかけなくてはならない?)

自分の衝動が、少し謎だった。

 

 

一夜明けた。

「あ! 千里さん!」

凛はベッドを起こしてもらっていた。テレビを見ていたようだ。

『今日の園芸』か…ほんとに見てるのか? いや、案外熱心に見ているようだ。意外な趣味があったのだな。

 

個室だから、窓を好きなだけ開けていられる。そよ風が流れている。

万津さんは花瓶の水を変えてくるといって席を外された。

「どう?」

「眠っていただけですのに…体が重いですね」

「立ってみる?」

「立てますよ?」

ベッド柵を持って立つ。

「あっ…」

少しふらついて腕に力を入れた。

「ちょっと驚いたけど、もう大丈夫」

手を引いて、歩いてみる。

「いち、に、いち、に」

「いち、に、いち、に」

「いいぞ」

「歩けました…!」

「クララが立ったってとこかな」

「クララってどなたですか?」

ありゃ。「ハイジ」は国民的基礎教養だと思っていた。

 

「おっと」

引きずる足先がつんのめり、軽くよろける。思わず腕を引きすぎて、抱き留めることになった。

今は温かい、凛の体。

柔らかく、吸い付くように隙間なくこの胸に収まる。

風が強く吹き込んで、カーテンが大きく揺れ、二人に掛かるが手を離せないため払いのけることができない。

そう…カーテンに包まれ一瞬世界から隠された二人…

そのまましばらく動かないでいた。

(続く)