小説始めます。「手書きのタイムマシンneo」 ~(中略)

手書きのタイムマシンneo 29.聖地巡礼 より。連載小説第30回です。

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第30回「最愛電車」

ザザーン、ザザザーン。

繰り返す波の音と海の匂い。

他の客たちは、梅津寺駅を出ていく。二人連れが何組かいる。すぐ砂浜が見えている。駅の後ろは山。「日露戦争の英雄、秋山兄弟の銅像もこの辺にあるんですよ」とは真美の解説であった。

ホームの手すりには、ハンカチが並んでいた。

「東京ラブストーリー」…

実は、かのドラマは生まれる前のドラマだから聞きかじりだ。真美と知り合いにならなければ、注意すら払っていないだろう。現実の風景を見ることができて、少し感慨があった。

「別れのシーンなのに。恋人たちの聖地って、変ですよね」

「何を祈ってるんだろう」

「恋愛パワー下さいって?」

パワー、か。俺たちにはあるのかな。

「幸せになりますようにって感じかな?」

「幸せ…」

 

風が寒い。せわしない風に煽られて、波がひっきりなしに押し寄せる。

瀬戸内海の波は小さくともやんちゃで騒々しい。少し離れているだけで、声が聴こえにくい。

やや声を張り上げた。

 

「真美!」

 

「はい!」

 

「それで、真美はどうすんの!」

 

いつの間にかするっと近づいてきた真美は、耳元に口を寄せて「あのね」と話し始めた。

「ケージ君、大分落ち着いてきてるっていったでしょ。ご両親も、友達も、みんなケージ君の元に戻ってきてるの。私も病院にずっと通ってるけど、次々みんな来てくれるの。ねえ、ケージ君、いいひとなのよ」

寒さのせいか、声が震え始めた。

それとも俺が震えてるのか。

 

「そんで、事情を知っている人もいるんだけど、いろんなひとがいるよね。もちろん陰で何か言われてるんだろうけどさ、友達はみんな私を許してくれるの。もとはといえばケージ君が悪いんだから、好きにしたらいいって。でも…そしたら…」

 

顔が見えるようで見えない。自分が見ないようにしているのだろうか。

「私、彼を好きだった時のこと思い出したの。ううん、やっぱり好きなの。私を一番に思ってくれて、私がいないとダメな人。だから好き」

風に吹かれて、彼女の涙が斜めに流れる。

君は彼を選ぶのか。彼の元へ戻るのか。俺を置き去りに。

俺も風に吹かれ、揺れている。倒れないように必死で立っている。

 

「彼が何も言ってくれないのは、今病気だから。彼がいいって言ってくれたら、ずっとそばにいるつもり…!」

 

「もし別れてもいいって言われたら真美はどうするんだ」

 

真美は、どうしたいんだ。

 

「結論が出るまで俺は、君を待っていていいか」

 

真美は、ほほ笑んだ。

それはたとえようもなく優しく、どこまでも悲しい、見たことのないような笑顔…

 

「さわにい、好きよ。心の底から好きよ。さわにいが初めての恋だったらよかったって思うの。贅沢だね」

 

俺は君に何にもしてあげていない。なのにそんな風に言ってくれるのか。

 

「彼がもし、私をいらないって言ったとしても、あなたに待っててなんて言えない」

 

くるっと回って、俺を見つめる。

 

「大切に思うから…そんなことさせたくないの」

 

一緒にいたい。それで傷つけられるとしても。俺なんか汚しても踏みつけてもいいのに。ただ一緒にいてくれれば。

 

「あなたは私の人生の宝物だから、大切に扱うの」

 

手を広げ、胸に何かをかき抱く。

 

 

フラッシュバックする記憶。俺の意志で相手の「待つ」選択肢を切りすてた過去。男と女が逆転する。

なのに、その動機は全く逆。俺のことを宝物だからと…

 

 

いつのまにか真美の頬は涙が何筋も流れ、濡れている。

俺の目からも涙があふれてる。

 

「ほんとにありがとう…」

どちらが発した言葉かわからなかった。二人ともいったのかもしれない。そしてあとは言葉にならない。

涙でぐじゃぐじゃの真美を、人の目から隠すため、いやそんな言い訳はもういらない、ただそうしたいから抱き寄せる。

最後に抱きしめあえただけ、俺はカンチよりは幸せなのかもしれない。

 

俺は、約束のキスを、彼女に返す。

これが、最後のキス。

これが、最後のわがまま。

日は沈みかけ、シルエットとなりつつある恋人たちはしばらく動かなかった。

 

(続く)