ある作業療法士が、病棟での患者さんの食事時の工夫について、看護師に援助を依頼し、口頭の依頼では伝わらなかったのか、内容を紙に描いてベッドサイドに貼りました。

これに病棟スタッフが反発し、師長に苦情をいい、私に抗議が回ってきたのです。

いわく、しつこく注意された、病棟のやり方を無視している、間違っているかのように言われた…

普段の関係性もあったのだと思います。
しかし、患者さんのためを想えば、どうするのがよいのかは明白です。

 

あろうことか、私は師長に頭を下げ、部下をたしなめたのです。

病棟の気持ちを逆なでするなと。

 

彼女は泣きながら私に抗議し、まもなく病院を辞めて行きました。

患者さんのために改善を図った者が誰の味方も得られずに退職した

あまりにも遅すぎた理解をした私は、愕然としました

 

当時、各部署は縦割り傾向が強く、別々に、過去の仕事の仕方を先輩から後輩へ伝えられている状態でした。

良かれと思って行動し、ばらばらになっていくことに、気付いていないのです。

いえ、気付いた者から疲弊していき、退職していくのです。

 

外を見ず、上から伝えられたものをよしとし、先輩の顔色をうかがい、上司の顔色をうかがう。

それ以上大切な上位目的や価値観を与えられないと、そうならざるを得ません。

組織には、そして人間には、誇りが大切なのです。

内に沿うことは誰のためにもならない。

 

そして、私も「旧来の」働き方をしようとしていました。

お客(患者)の生活を見ず。法人の存在意義を考えず。

これを給料泥棒、と言います。

 

私を含め、この病院の病巣を切りださなければ、みんなで不幸になってしまう。

やめた彼女のことは、自分の背負う一生の十字架だ

これを償うには、一身をもってするしかない。

 

会長先生。前の部長先生。

あなた方の思いを継ぐことはすなわち職員を慈しみ、お客様たる地域住民に尽くすことですか。

病院改革に心身を捧げよう。

馘首になるかもしれないが、それは私か法人かどちらかが間違ったときだ。いずれにしてもその時は私は要らなくなっているだろう。

ようやく腹を固めました。傍から見ても変化は分からなかったかもしれません。
しかし本当の船出でした。