「あ"たじぃ、あんだのことが……うぇっぷ」
グレープフルーツサワー7杯分のチカラを目一杯借りた私の告白はもはやそこまでだった。
5年前の告白が空振りに終わって以来、まさに燻り続ける焚き火のような恋愛を繰り返していた私。
さらには毎日が会社と自宅の悲しみの参勤交代。
もはや神はデッドした。
そんな時にふと、一つのニュースが世界を駆け巡る。
『リセッタヒュプシス』
どこぞの学者がついに人類の夢タイムマシーンを発明させたのだ!
そう!どこぞのネコ型ロボットも乗用しているアレだ!
まぁ、タイムマシーンというくらいだから大掛かりな機械装置を想像しちゃうが、
正体はなんとクスリの錠剤だった。
風邪薬のような錠剤を飲むだけで簡単にトべると来たもんだから大騒ぎ。
難しい話はまったく分からないけれど、徹夜でネットで調べた結果大体はわかった。
どうやらその錠剤を飲むとオーバークロックという現象が脳に発生し、
普段の数千万倍の演算処理を起こす。そして、この演算処理とやらがこのタイムトラベルのキモである。
キマりまくった脳は自分が希望する過去を脳内でデータとして復元する。
元来、脳ミソというモノは今まで見たモノ感じたモノを全て覚えていれるくらい大規模なハードディスクであるが、データを最小化して大部分は忘れてしまうものらしい(よく分からないが)
しかしその最小化されたデータを演算処理により復元し、一時的に『過去に戻った』つもりになれるという。
話によると過去に戻れるのは人にもよるが2時間前後で、
その間は昏睡状態に陥り、最後には夢から覚めるように効果が切れていくらしい。
そのクスリが発明されると世界中で賛否の嵐が吹き荒れた。
脳にダメージあるだか依存性があるだかで当初は発売禁止とされていたが、アルツハイマー症に大きな効果が上がったことにより世界各国で次々と市販認可されていく。
ちなみに当時は発売禁止されていた日本でも外国の通販サイトを通じて比較的容易に入手できたらしい。
その後、日本政府の見解で安全性が保障されたことにより様々な製薬メーカーにて市販化が決定された。
免許書等の身分証を提示すれば誰でも買えるようになった。
といってもこのクスリまだ非常に高価で中々手が出せなかったのだが、
ボーナスを全てたたきこんで10錠購入してしまったのがつい一週間前の話。
クスリが届いたのは水曜日、なんとか土曜まで忍耐の精神で乗り切り、今現在に至る。
いざ、錠剤だけを見ると普段飲んでいる鼻炎の薬とまったく変わらない外見である。うーん。
これで騙されていたら相当のショックだ。
大掛かりに梱包された箱を開けると、保護シートに包まれた錠剤が覗ける。
丁寧のシートを剥がし、手のひらに錠剤を出す。
よく見ると錠剤の一つ一つに小さな文字で「リセッタヒュプシス」と書いてある。
こうしていざクスリを目の前にすると少し抵抗があるなぁ。
今さらだが一瞬考える。
するとあの過去が一瞬フラッシュバックする。
浮かんでくるのはひたすらの後悔と、あの人。
そう、私にはもう一度戻りたい過去がある。
たとえ、それが幻想であったとしても。
台所でコップに水を汲み、ソファに腰掛ける。
時計を見ると12時半。窓から覗かせる青空と暖かい光。
手のひらに2錠、ひとおもいに口に放り水で流し込む。
だんだん外から聞こえる子供の笑い声と野球の音が遠くなりつつ、
視界が、暗転、した。
<続>