そんなにも勉強を頑張った先には一体何があるのか?

 

いや、本人が勉強が大好きで、好奇心赴くままに頑張っているというのなら素晴らしいです。もし研究者志望であれば生涯勉強で、忍耐強く日々努力することは非常に重要ですよね。

 

 

ただ…

親が我が子に勉強を頑張らせた先に一体何があるのだろうか?

 

過剰な先取り先取りで理解が追いつかないままにやたらと勉強ばかりした先に何がある?

 

一体どこを?何を目指しているんだろう?

 

 

そういうことを考えたことはありませんか?

 

 

 

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子供が幼少期から仲良くしているママ友がいます。

お互いの子が大学4年生になった頃、彼女がボソリと言った言葉が忘れられません。

 

 

彼女はお子さんの幼少期から教育熱心で、小1から中受集団塾に入塾。偏差値は高かったようで、英語までも堪能でした。

しかしながら、中受で全滅したんです。

*御三家と同偏差値帯しか受験しませんでした。

 

とはいえ、元々の知力はあり、高校受験でW附属に入り、そのまま大学もW文系ヘ進学しました。

しかし、お子さんは就活に関しては前向きではなく(大人しい性格)、大学4年生になっても動きませんでした。

 

そんな状況下のとき、彼女がボソリと言ったんですよね。

 

「私、なんであんなにも勉強を頑張らせていたんだろう」

 

「別にバリキャリにさせたいわけでもなかったのに。実家に住んでくれて、ほどよく楽しく働いてくれたらそれで充分だったのに。あんなに頑張らせる必要はなかったなあって…」

 

 

就活の時期になって、勉強だけに注力し頑張らせてきた親はきっと同じように思うんじゃないでしょうか。

 

 

 

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まるで他人事のようですが、そうじゃないんです…真顔

 

彼女の言葉を思い出したことには理由があります。

 

実は、私も似たようなことを思ったんですよ。

 

 

 

それは娘が本命の就職先から内定を頂いたときに、こう思いました。

 

「あれっ?私、なんでずっと勉強の心配ばかりしていたんだろう?」

 

 

内定を頂き喜んだ反面、一気に素になった…というか、突如として冷静になったんですよ。

 

 

なんせ娘が中1の頃から、大学生になってからも、

ずーーーっと勉強のことばかりが気がかりで、

勉強面が常に私の不安の中心にあったんですね。

 

 

就職で念願の第一志望先に内定を頂けたことは、

勿論、これまで娘が勉強を頑張り努力してきた証でもあるけど…。

 

それだけじゃない…真顔

 

 

娘が積極的に様々な活動をし、

多くの人と関わり、多くのチームリーダーの経験を積み、

人間力やコミュ力や協働力を鍛えてきた結果

なんですよね。

 

正直、最も重要なのはコレ↑で、もしこれらの経験が無かったら、内定はあり得なかったと思います。

 

『…なのに、なんで私は、娘の勉強面ばかり不安がり、勉強面だけフィーチャーしてきたんだろう??』

 

とスーンと冷静になったんですよ。

 

 

 

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中受,高受,大受,院受と、それぞれの受験の節目節目で一旦リセットされる感覚があります。

 

入学したとき、ヨーイドンで一斉にスタートで、

そこからまた、どれだけ継続して勉強のみならず活動も両立させて努力できるかにかかっているんです。

 

特に、大学進学後は自由度が高まる分、より一層、学生生活を一体どのように過ごしていたのか…その努力の結果が顕著に現れます。

 

そして、就活のときに逆転劇が起きるんですよ。

 

つまり、学力という分かりやすい指標じゃなくなるという。

 

 

そんなときに、勉強面だけ注力してきた親たちは、スーンって冷静になると思いますね。(多分お子さんのほうもそうなる)

 

なんだか人生において、

学歴(勉強)という順位が一気に下位になった感覚に陥るんです。

 

そう、そのママ友や私が感じたように…。

 

きっと同じように実感された方はいらっしゃると思います真顔

 

 

 

親が我が子に望むことは、

子供自身が生き生きとした人生を歩んでほしい、ってことですよね。なら一体何を大切にしたほうがいいのか。

 

せめて親の方は近視眼的にならず、未来を見通して考えたいですね。