瞑想も続けてると楽しいけど、
瞑想が目的にならないように。
目的はあくまでも「世の中でよりよく生きること」だ。
瞑想はそのための手段。
瞑想おたくにならないように。
などと考える昨今。
自戒をこめて記しておく。
瞑想も続けてると楽しいけど、
瞑想が目的にならないように。
目的はあくまでも「世の中でよりよく生きること」だ。
瞑想はそのための手段。
瞑想おたくにならないように。
などと考える昨今。
自戒をこめて記しておく。
黙祷をした。
普段は思いを馳せない人々に思いを馳せる。
こんな日が起きなければ良かったのにと思いながらこういう日に祈る。
何の足しになるのかは分からないけど、
何かの足しになっている気がする。
思いはどこかに届いてるかな。
何か問題が起きたとき、
前提を疑ってみてはいかがでしょうか、
というのが今回の提案です。
「Bという問題」の前に「起こったであろうAを確認」していただきたい、と。
例えば「目の前の人が不機嫌である」としたら、
「この人はひょっとしたら具合が悪いのかも」とか、
「家を出る前に家族と喧嘩してきたのかも」とか。
そうすることで、
解決の糸口が見えてきたり、
見えなくても自分の心の持って行き場ができたりと、
それなりに有益です。
思い込みを解除するためにも、この「前提を疑う」は使えます。
お勉強でもね、難しい問題はこれにかかってたりするんですよ。
英語で言えば「現在完了形」だとばかり思って考えていたのに、実はただの「過去形」だったと か。
人生でも、お勉強でも、「前提を疑う」のは万能薬です。
用法・用量(?)を守って正しくご利用下さいませ♪
心があって、
それを言葉で表す。
でも、言葉は万能ではなく、
心を完全に伝えることはできない。
言葉のそういう性質を知りつつも、
それでも心は言葉に頼らざるを得ない。
心のもどかしさ。
言葉を聴くときは、
心をもって、
そういう狭間に耳を傾けたい。