みちのく
 
入道雲が浮かぶ空 まぶしく
客歳来れしあぜ道 懐かしくて歩く
田んぼの稲 あおあおしく
稔り導く水車 回るカタカタと
あどなし響き 草木の匂い愛おしくて
たわわに騒がせ
夏のみちのくはいつも
東京へ帰る途中のしばらくを
青き葉が擦れる音に
蝉鳴いてうらぶれる
 
送られる車に乗って見付けやる
流れゆく川面に映る傘被る釣り人が
中州より竿投げ鮎求めしを眺めやり
瞬刻
空曇り光隠して
驟雨に会いて急ぎ駅へと橋から向かう
 
雷に声震えるを横に聞き
警報の出る街からは
喧噪消えて
着きし駅にて子供達へと
買い求める売店で店員と
驟雨を笑い野球を話し
笑顔思って選びし土産
夏のみちのくはいつも
東京へ帰る途中 しばらくを
繁る葉に汗のにおいを
蝉消えて うらぶれる
 
 
作 平成二十二年七月二十八日
東北に行きて友に送られし夕方に詠む。
ひまわり
 
 
草原に車を止めた
君は少女のようにはしゃいでひまわり畑に飛び込んでいった
僕の手を掴んで鬼ごっこをしようと言って
君の姿を見失っても携帯電話で呼べばいいと
高をくくってた
君がひまわり畑に消えてしまうなんて思いもしなくて
 
空を見あげるひまわり畑
君は咲いている数本のうち一本だけを選んで指差した
まだたくさんのひまわりは育つ途中なのに
僕はねだる君のためにナイフで茎を切る
ひまわりの茎からは澄明な液体がこぼれ
君は僕のナイフを手にとって
一輪の花飾りへひまわりを切って香り立つ黒髪に挿す
 
空を見あげるひまわり畑
君はひまわりの碧い葉を折って行く道のこし示したが
僕は見失った君のあとGPSを使って追う
僕の全身からは汗がとめどもなく流れて
一輪の花飾り畑に探し僕はひまわり畑をさまよう
まだたくさんの話しをしたかった途中なのに
 
空を見あげるひまわり畑
さよならと折って道ばたに置かれたひまわり
君は緑の迷路に隠れて一枚の紙だけを葉に結んだ
さっきまで君が飾っていた花飾り
まだいろいろな思い出つくってゆくはずだったのに
 
僕はその髪飾りを静かに拾い上げて
胸に抱きしめる
君が少女のようにはしゃいでひまわり畑に飛び込んでいって
君がひまわり畑に消えてしまうなんて思いもしなくて
空を見あげるひまわり畑
太陽は少し傾いて畑に消える君は輪郭を
太陽を鮮美に背にして輝きに溶け込ませていた
 
草原の車に置いた
君が残していった携帯電話からは
武満の着メロがずっと響いていた
来年の夏は来るかな
それが最後の君と交した言葉だった
君は少女のようにはしゃいでひまわり畑に飛び込んでいった
さよならと折って道ばたに置かれたひまわり
僕は手に持って君の香がするのを
切なく想い助手席へ置いてみる
ううん 来年の夏はこないから
さよならと折って助手席に置かれたひまわり
せめて愛していたと言わせて欲しい
せめて穎悟であれと祈り献げる
 
振り返るひまわり畑には黄色の花びらが風に揺れていた
 
                                                    (初出 2010年8月8日)

 いやぁ、一時体温が三十七度台に落ちたので、仕事を在宅でこなし、観賞も問題なしと東京オペラシティへ現代音楽のコンサートを観て参りました。連れ合いの沙希がチケット入手をがんばったおかげで、前列から数列目のど真ん中。最高の席でした。(オケ全体の動きを観る人は、このコンサートホールでは舞台横の二階席の方がいいです)

 武満ファンにはたまらない内容でした。特にピーター・ゼルキン(献呈)にされた「リヴァラン」が本人のピアノで聞くことができたのには大感激。ペダルワークの妙味も靴紐の揺れとともに、なるほどと、感心していました。

 いつもなら、コンサート中の休憩では、ワインかビールでも飲むのですが、今日はお水だけ。ロビーで武満氏と縁の深い大江健三郎氏のお姿も拝見いたしました。

 後半の武満氏特有の爆音(フォルテシモなんてもんじゃないですよ。ロックコンサート並み)を楽しんで、最後はドビッシーの「聖セバスチャンの殉教-交響的断章」で、その宗教的メッセージに感動しました。毎度ながら東フィルはすごいや。(古典はあまり聞かないのでわからないのですが)

 コンサートが終わると、いつもは食事を楽しみながらアルコールを楽しむのですが、菌への免疫がつくのに支障を来す、アルコールは御法度で、口が開かないので、結局、ざる蕎麦を食べて帰って来ました。天ぷらは妻がお店に頼んで小さく切ってもらって、まるで、歯の生えない離乳中の乳児のようです。

 帰って熱を測ったら三十九度に再び上がっていて、明日、文芸仲間の香奈と行くオペラは、上演三時間以上もあり。

 禁じ手の複合抗生剤投薬に誘惑を覚えます。

 火曜日から、全くお酒を飲んでいませんから、肝機能は随分と改善してきているでしょう。