【鉱物言葉集】
ヘルマン・ヘッセの石に関する言葉
道端の石ころを見て思う。
この石は私よりもずっと強いのだ。
すっくと立つ樹を見て思う。
この樹は私よりもはるかに
長生きするのだ。
人ははかない。
いつか私は樹の根になり、
土になり、石になる。
そうしたら、私はもう紙に
たくさんの言葉を綴る必要がなくなる。
鞄に歯医者の領収書を入れることもなくなる。偉ぶった役人たちに国籍証明書の件でいろいろ面倒なことを言われることもなくなる。
私はさまざまなものに変転し、
救われつつやがて消えていくのだ。
ヘルマン・ヘッセ「春を往く」
(『超訳 ヘッセの言葉』)
石や樹と比べると、
人間の命はなんと儚いことだろう。
限られた時間を
できるだけ有意義に過ごしたいけれど、
ヘッセの言うように
人間には書類の処理など
やらなければならない面倒事が
ある。
いつか必ず訪れる死は、
そんな煩わしい行為から卒業し、
木や土や石となることだと
ヘッセは語る。
私は、
石と自分は、まるで
対極にある存在のように思っていた。
石に抱く気持ちは、
到底及ばない遠い存在に対する
憧れにも似ている。
でも、もしかしたら
石も木も人間も、
同じ循環のなかにあるのかもしれない。
いつか
石になれるとしたら…
私は
風にさらされ、砂や小石に擦られ、
丸みをおびていく石になりたい。
雨音や風の匂い、
苔の湿り気に触れながら、
永い時を抱える。
そして、
いつか誰かにとっての
大切な石に。
こんな石になりたい


