【鉱物言葉集】

渋沢孝輔「水晶のゼロ」より

石に関する言葉





水晶のゼロから不思議なおしゃべりを

なぎさの鏡から空のレールを

きみのあらゆる飛翔からふるえる鳥を

これらの日々の岩のなかをはるかにめぐり

夕暮の巨大なスフィンクスを欺いてやるため



渋沢孝輔「水晶のゼロ」部分

(『渋沢孝輔全詩集』所収)






「ゼロ」

何もないこと。無。




無いことを表す数字があることが

不思議だと思う。




何にも無かったところから、

水晶の透明な気配が

漂いはじめる。




地中深く、

熱水に満ちた隙間のなかで、

二酸化ケイ素を含む溶液がゆっくりと冷めてゆき、

そこから結晶が伸びていく。




成長速度は環境によって異なる。

数センチになるには、

数千年から数万年を要することもある

そうだ。




けれど、

どのタイミングで成長が始まるのか、

どんなきっかけで核が生まれるのか。

そのすべてがわかっているわけではない。




私たちはそれを、

リアルタイムで見届けることは

できない。




人間のように産声をあげる

こともなく、静かに結晶しつづける…

「不思議なおしゃべり」とは、

その沈黙の中にひそんでいる声か。




水晶



人間には、

未知のものを知ろうとする探究心がある。




けれど、

鉱物の世界には

科学が立ち入ることが

できない領域がある。




その深く静謐な森に、

そっと分け入っていくのが

詩や物語だ。





渋沢孝輔「水晶狂い」






水晶の写真