【鉱物言葉集】
山本周五郎「蜜柑の木」より
もう春も終りだ、
世の中はままならない、
あたしあんたが好きよ、
水の流れと人の身は、
はかないもんね。
それらの言葉が彼の頭の中で、
1つ1つはっきりと、
この世のものとは思えないほど
美しく聞えた。
それは殆んど純金の価値を持ち、
純金の光を放つように思えた。
「おら一生、忘れねえ」
助なあこはそっと呟いた、
「どんなに年をとっても、死ぬまでも、きっと忘れねえ、きっとだ」
山本周五郎「蜜柑の木」
(『青べか物語』所収)
オリオンブックス p20
助なあこ
(“なあこ”は「兄さん」のような意味。以下省略)は、人妻のお兼に恋をしていた。
彼は、水夫として働き、
仕事が終われば熱心に勉強に勤しむ。
純粋で真面目な青年である。
この引用は、ふたりが
初めて言葉を交わす場面である。
お兼はすでに、噂話から
助が自分に好意を持っている
ことを知っている。
お兼は助のそばにやってきて、
「もう春もおしまいだねえ」
「水の流れと人の身はって、はかない
もんだわねえ」などと言う。
助は、緊張のあまり
体を震わせている。
その様子に気づいたお兼は、
ふと得も言われぬ感情に襲われ、
「あたしあんたが好きよ」と言う。
彼女の言葉は
「純金の価値を持ち、純金の光を放つ」
ほどに輝き、助は涙するのだった。
自然金 Au
このような塊状の金を
「ナゲット」と言う。
純金は、
自然金や金鉱石から精製される。
他の金属が一切混ざっていない、
ほぼ100%の金であり、
「24K(カラット)」とも呼ばれる。
純金はその特有の輝きで知られ、
「黄金の輝き」とも称される。
純金は、空気や水にふれても
錆びることがなく、
その輝きを失わない金属だ。
お兼の言葉はどうだろう…?
その輝きは、時を経ても
変わらないものとなるのか。。
物語の終盤で、助がお兼に
なかなかうまいことを言う。
物語のタイトルでもある
「蜜柑の木」にまつわる言葉だ。
私はこの言葉こそ
「純金の価値」を持つと思った。
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