【鉱物言葉集】

エミリー・ディキンスンの詩より

石に関する言葉








手は宝石を握りしめ

わたしは眠りました

日はあたたか 風はおだやか

「無くしたりしないわ」



わたしは目覚めて 

おばかさんの手を叱りました。

宝石を無くしていました

わたしに いま 残るものは━

紫水晶の思い出だけ




エミリー・ディキンスン著 内藤里永子訳

『 わたしは名前がない。あなたはだれ?

エミリー・ディキンスン詩集』より








エミリー・ディキンスンは

アメリカの詩人。



彼女は生涯のほとんどを

実家の自分の部屋で

詩を書いて過ごした。



亡くなったあと、

彼女の部屋からは約1800篇の詩が

見つかったという。



そんな静かな生活の中で書かれた

手のひらの宝石をめぐる詩。




大切な宝石を

「無くしたりしないわ」という

小さな決意。




ところが、目覚めると

宝石が無くなっている。



詩は

その小さな過失を

大げさに嘆かない。



宝石は消えたが

紫水晶の思い出が

静かに胸に沈んでいく。






17歳頃のエミリー・ディキンソン
(出典:Wikimedia Commons)






大切なものがあること。

それは、

失うかもしれない不安を

抱えることでもある。




私が日頃から

石の扱いには慎重なのは

喪失への不安があるからだ。




失ってしまったら、

同じものは手に入らない。

世界にひとつしかないもの。

――それが、石。





もし私が大切な石をなくしたら、

この詩のように

おばかさん、と自分を叱る程度では

すまないだろうと思う。。






無くなるわけがない紫水晶(タンザニア産)
箱に保管し、引き出しの奥に
しまいこんでいる。