らぶばなです。心の深い闇に苦しみ落ち込むアッシュを一瞬で救い出す英二を表現したくて創作しました。オーサー戦で、アッシュは英二に「お前に見ていられたくないんだ!」と叫びましたが、あの一言からアッシュの心情や環境などを勝手に妄想したお話です。アッシュにちょっかいだすモブ女性が出てきますが、ご了承ください。お楽しみ頂ければ幸いです。!
「闇夜から救い出す温かい光」
パーカーのフードを深く被り、ジーンズのポケットに両手を入れたままアッシュは帰り道を急いでいた。1日の労働を終え、それぞれの家路に向かう車で道路は混雑しており、歩道もそこそこ人が歩いていた。
今夜の気分は最悪だった。裏切った仲間を2人処分した。返り血を浴びた手は洗ったが、まだこびりついている気がする。肌にまとわりつく汗ばんだシャツが不快でたまらない。早く帰ってシャワーを浴びたいと思っていた。
ようやく59丁目のアパートが視界に入った。だがなぜか足が思うように進まない。
(。。。帰りたくない)
アッシュは先ほどと真逆のことを考え始めていた。
足は完全に止り、地上から部屋を見上げた。明かりを確認する。あそこにはいつも太陽のように明るい笑顔と優しさで自分を包んでくれる友人がいる。
一刻も早く彼の顔が見たくて戻ってきたのに、いざとなれば足がすくんだ。アッシュは手で拳をつくりギュッと握りしめた。
「俺の手は。。。汚れている」
(。。。帰れない、あいつに見て入られたくないんだ。。。)
どんな状況でも英二が自分を温かく迎えてくれるのはわかっていた。だが、人の命を奪ったばかりの今夜の自分がひどく情けなく、恥ずかしいと感じた。
くるりとアパートに背を向け、アッシュは再び暗く細い夜道へと戻っていった。
***
シマの中にあるバーにアッシュはフラリと立ち寄った。カウンターに座り、バーテンに強い酒を頼んで勢いよく飲み干す。
酒の力を借りて嫌なことを忘れようだなんて普段の彼は絶対にしなかった。そんなことをしても忘れることなどできないし、むしろ隙を作って自分を危険にさらす可能性すらあるからだ。
そんなこと分かっているはずなのに、アパートにいる英二の顔が浮んだ途端、帰れなくなった自分の情けなさが虚しくてたまらなかった。それをごまかすようにアッシュは新たに一杯注文した。
「。。。珍しいね」
そっと目の前に新しいグラスが置かれた。バーテンは視線を合わせず、空のグラスを下げた。
「あぁ。。。」
気だるそうにアッシュは無気力な表情で答えた。疲弊した体にアルコールが染み込んでくるような気がする。強張っていた体が少し緩んできた。
カラリと音をたてる氷を眺めながら、ふと思う。
(あいつ。。。今頃何しているんだろう? 俺のこと待つつもりなのかな。。。?)
英二は毎晩遅くに帰宅するアッシュを待って起きていることは知っていた。何度も寝るように言ったのに、頑として嫌だと言う。
しかめっ面のままアッシュは英二に理由を聞いたら、彼は「。。。だって君に”おかえり”と言いたいから」と笑顔で答えた。
「。。。フフッ」
(変なやつ)
アルコールが入って少々気がゆるんだせいか、アッシュは思い出し笑いをしてしまった。
ふと肩に誰かの手が触れるのを感じて肩先をチラリと見た。 細い指先から綺麗に手入れされたマニュキュアが光っていた。
「ハーイ、アッシュ。今夜はご機嫌なのね」
馴染みの女性客が声をかけてきた。黒髪で彫りの深く、しっかりと描かれた太めの眉と、大きくて力強い目もとが印象的なラテン系の女性だった。
普段なら面倒ごとを避けるために”近づくな”と女性陣にオーラを出しているし、子分に相手をさせているのだが、一人きりでしかも笑顔を浮かべたアッシュを見て彼女は勘違いをしたらしい。お近づきになるチャンスを逃すまいと擦り寄ってきた。
「私、アナよ。」
「。。。ハーイ、アナ。」
「あなたとずっと話したいと思っていたの。」
「へぇ。。。」
無関心そうにアッシュは答えたが、アナの黒髪に視線を向けた。顔も性別も全く違うが、大きな瞳と黒い髪を見ると心がざわついてくる。
「一緒に楽しく飲みましょうよ。」
「俺と飲んでも楽しくなんかないよ。他の男にしておきな」
「そんな事ないわよ!そうね、今日は何していたの?」
アナの問いにアッシュはフッと自嘲するように笑う。
「。。。そうだな、ついさっき裏切りものを2人殺した。」
「エッ。。。!」
アナの顔が凍りついた。
「あんた、俺が何者か知って近づいてきたんだろう?何をビビってんだよ」
「え。。。あの。。。それは。。。」
「詳しく話してやろうか?あいつら俺に銃を向けられて”助けてくれ、ボス”って命乞いしたんだけど、俺はあいつらの脳天に。。。」
「ーいや、やめてっ!」
アッシュは無視して話し続けた。酔っているくせにするすると口は動いた。
「。。。あいつら俺を騙してドラッグを打とうとしやがった。殴りつけてそいつらの持ち物を調べたら、やらしー道具がたんまり出てきた。。。きっと俺を薬漬けにしてレイプしようとしたんだろうなぁ。。。アハハ!残念だったな!」
目の前の少女の顔は真っ青だった。
「酔ってる俺ならイケるって思ったの?あんた、俺をレイプするつもりなの?」
ケラケラとアッシュは笑った。怒りなのか恐怖なのかわからないが、アナは肩を震わせた。
「もう聞きたくないっ!私が鬱陶しいからって。。。そんな作り話までして。。。最低よっ!」
アッシュを襲おうとした連中と同じ扱いをされたのがよほど気に入らなかったのか、アナは近くにあった椅子を蹴っ飛ばしてバーから去っていった。酒であろうがドラッグであろうか、”アッシュ”を自分の思うがままにコントロールして抑圧しようとする行為はレイプと同じだとなぜ気がつかないのだろうか。
「。。。ふぅっ、やっと消えたか」
鬱陶しいハエを追い払うことができたと言わんばかりに息を吐き、アッシュはまた無表情のまま酒を飲み始めた。
(作り話なんかじゃねぇ。。。。全部本当だっての。。。)
アッシュは心の中で静かにつぶやいた。
***
酒の量が増えても心は晴れない。酔うこともできず、むしろ虚しさが増すばかりだった。アッシュはカウンターに肘を付き、ぼんやりとしていた。
「旦那、大丈夫かい?」
「。。。。うるさいな。」
「おっかねぇ顔だな。撃たないでくれよ?」
「ふん、静かに仕事してろ。あと、女を近づけるな」
「分かったよ」
不機嫌なアッシュに近づいては危険だと判断したバーテンは、少し距離を開けて他の客(特に女性)がアッシュに近づかないよう目を光らせることにした。
アッシュは携帯を確認した。そろそろ英二はベッドに入っただろうか。せめてソファで寝るようなことはやめてほしいと願いながら、彼に「遅くなるから先に寝てろ」と送るかどうか迷っていた。
(送っても。。。あいつ、頑固だからきっと。。。)
勢いよくバーのドアが開き、数人の客が入ってきた。
「おいっ!やめとけよ!」
「ボスに今近づかない方がいい!」
何やらもめているようだが、アッシュは興味がなく振り返らなかった。
だが、その客のだれかが「英二」と言ったのを聞いてアッシュは勢いよく振り返った。
すると、目の前には仁王立ちで睨んでいる英二がいた。背後にはボーンズとコングの困惑した顔が見えた。
「英二? おまえ。。。なんでここに。。。」
英二はフグのように頰をムムムッと膨らませている。
「帰るよ、アッシュ!」
そう言いながらアッシュの腕を引っ張りだした。
「お、おいっ!何するんだよ!」
「君、どれだけ飲んでるの?酒臭いよ。さっさと家帰ってシャワー浴びよう!」
「俺は。。。」
言いかけた言葉を遮るように、英二はアッシュの頭をぐしゃぐしゃに撫でながら「コラッ!オニイチャンの言うことを聞きなさい!」と偉そうに言う。
「英二、俺はまだ帰らない。。。」
どこか拗ねたように口を尖らせそっぽを向いたアッシュを見て、英二はアッシュの耳を掴んだ。
「はぁー?何言ってんの?よく聞いて!君の帰る家はちゃんとあるんだからね!僕と帰ろう!」
そう言いながらアッシュの耳を引っ張る。
「イテテテ!分かったから離せ!離せ!」
英二に耳を引っ張られながらアッシュは一切抵抗せずに立ち上がった。そしてああだこうだと言いながら英二とともに店を後にした。
バーテンやその他の客は突然現れた童顔の子供みたいなアジア人が、あの白い悪魔と恐れられているアッシュをあっという間にかっさらって行き、そしてアッシュが大人しく従ったことに驚き、呆然としていた。
「。。。なんだ、あのガキは。。。」
ボーンズがバーテンに向かってウインクした。
「ボスはお迎えが来たから行くわ。。。今夜の分はツケにしておいてくれ。邪魔したな」
***
いろいろあったが、アパートに全員戻ってくることができた。
「英二、おまえどうして俺があそこにいるって分かった?」
「君の帰りが遅いから心配で一階のロビーから君の姿が見えるかなと思って行ったら、ドアマンが”君の姿を見たけど、どこかへ行ったと言うんだもの。」
「それでコングとボーンズを呼び出したってわけか」
アッシュは巻き込まれた子分を少し憐れみの目で見た。
「へぇ。。。」
「ボスがどこにいるか教えろってしつこいんで。。。たぶんいきつけのバーだと言ったんす。そしたら連れて行けって。。。」
アッシュはため息をついた。
「分かった。もうお前たちは帰れ」
「へ、へぇ」
「わかりやした!」
叱られずに済んだ子分たちは慌ててアパートを出た。
「ありがとー!二人とも!気をつけてね!」
手を振りながら英二は二人にお礼を言う。その姿を見て、アッシュは再びため息をついた。
「本当にお前は。。。」
「なんだよ?」
じろりと睨みつける英二の頭を今度はアッシュがグチャグチャに撫で回した。
「あー、せっかく乾かしてあるのに!」
「うるせ、仕返しだ。」
「君、さっさとシャワー浴びておいでよ」
怒っているかと思ったが、なぜか英二は満面の笑顔だった。
「。。。。?怒らないのか?」
「ん? 何が?。。。君が無事に帰って来てくれて嬉しいだけだよ」
「。。。。おまえは、おれのお袋か!」
嫌味っぽく言ったつもりだが、英二は全く気にする様子もなく当然と言った感じで答える。
「ははは、そんなものかも知れないねー。一緒に暮らす”弟”が帰ってこないと心配するもの」
「。。。。なぁ、俺。今日。。。。」
アッシュはうつむきながら今日起きたことを話そうとした。だが、英二は肩をポンと優しく叩いて遮った。
「アッシュ。まずはシャワー浴びておいで。疲れただろう?。。。なっ?」
優しい視線を向けられ、アッシュは素直に従った。
「分かった。。。。」
***
熱いシャワーを浴び、スッキリとしたアッシュに英二は水の入ったグラスを渡した。
「Thanks」
受け取って口に含む。何の味もしないただの水だが、先ほどのバーで飲んだ酒よりも美味く感じるのはなぜだろうか。
「明日、ボーンズとコングに謝っておいて。迷惑かけたから」
「あぁ」
「それと。。。話したいことがあるならもちろん聞くけど、話すのが辛いなら無理にそうする必要はないよ」
「でも俺は。。。っ!」
アッシュは拳を握りしめた。
「君がそうしたいと思うまで、待つから」
英二はまっすぐアッシュを見つめた。濁りのない透き通った黒い瞳だ。どこまでも正直で優しく包み込んでくれる。。。。色は違えど、亡くなった兄の姿が頭に浮かんだ。
「!!」
「オニイチャンの忍耐力をなめるなよ?」
ニヤリと笑うが、アッシュはわざと揶揄う。
「。。。。よく言うよ、さっきはバーに飛び込んできたくせに」
「あ、あれは。。。君が無茶していないか心配だったからで。。。また別というか。。。」
バツが悪そうにモゴモゴしている英二を見て、アッシュはフッと笑った。
「嬉しかったよ。おかげでこれ以上ナンパされずにすんだ」
「な、ナンパァ!?」
「なんだよ、そんな珍しいことじゃ。。。あぁ、シャイなオニイチャンはナンパなんて出来ないよな?」
「ぼ、僕だってナンパ。。。したことあるよ!」
真っ赤になって言う英二にアッシュは驚きの色を隠せない。
「何?どこで?どんなふうにしたの?どうなったの?」
質問ぜめにあった英二は困り顔で答えた。
「ショーターに教えてもらって。。。」
「。。。ったく、余計なこと教えるなっての。。。」
「どう言う意味?」
「いや、心配事が増えるだけだからね。。。オニイチャンの恋路を邪魔したいわけじゃなくて。。。」
「バカにしているだろう?」
「とんでもございません」
どうでも良い馬鹿げた話をしているだけなのに、アッシュは自分がリラックスしているのを感じていた。
(なぜこいつと一緒にいると落ち着くんだろう)
危険と隣り合わせの日々の中、1日でも1時間でも1分でも長く彼と過ごせる時間が続くことを心のそこから願う。
「ン? どうしたの?」
何かを敏感に察した英二が気遣うように大きな瞳でアッシュをじっと見てきた。
「オニイチャン、たまには兄弟仲良く一緒のベッドで寝ない?あ。。。でも、妙なことしないでね」
「妙なことってナンだよ!。。。ちぇっ、甘えん坊の弟に頼まれたら仕方ないなぁ。」
なんだかんだいって英二はアッシュに甘いのだ。そしてアッシュを懸命に支えようとする英二の優しさが、アッシュの中では「唯一の支え」になっていた。
アッシュの抱える苦しみは変わらないが、希望の光がそばにあることで彼は生きていけると感じていた。
英二は「そうだ!」と目を輝かせながらアッシュに提案する。
「じゃぁさ、トランプでもしよーぜ。負けた方が朝食を作るってのはどう?」
「いいね、でも俺が負けたらオニイチャンが起こしてくれよ?」
「えぇっ!その時点でランチになってるよー」
ケラケラと笑いながら二人は寝室のドアを閉めた。
*終*
(あとがき)
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