今後ますます、無規範な人々、無規範な状態になることが増えます。
犯罪は減っていますが、とつぜん、凶悪な犯罪が起こることがあります。
それはどこでも起こり、なんの前触れもなくやってくるので、人々は不安でおびえます。
無規範な心の状態は、日常を平和に過ごしている人たちにも、ある日突然、ふいに訪れます。
普通の感覚では相手を思いやる気持ちがあったり、社会から逸脱しないために「こういうことをやるのはよくない」「良心が痛む」という感覚を持っていますが、いまの社会では、あまりにも人間同士のふれあい、心からの交流が減りすぎ、人々の感情感覚が変わってしまいました。
世の中は良くなっていきますが、そのまえに、先の戦争が終わってから強引に決まったこと、強いられたこと、宿命づけられたしくみのせいで、これまでくさいものにフタをしてきた、見て見ぬ振りをしてきた、見過ごしてきた問題が噴出します。
いまの社会は人間同士の心や肉体的なやりとりがあまりにも希薄になり、まるで目の前の出来事がバーチャル化しています。
・生産性重視、効率化重視。タイムパフォーマンス、コストパフォーマンス重視の生活。
・面と向かって注意できない、叱ることができないことによる鬱積。
・社会的な閉塞感。都会で人がいても、小集団ごとに分かれ、お互いのふれあい、やりとりはバリアがありいっさい関与しない。
・スマホのスクリーンのほうが現実よりも面白いという現実感覚の希薄化。目の前の出来事のスクリーン化。
・ルール、規則のきつさ。服従を強いられ自由がきかない状態。誰に従っているのかわからない状態。
・誰を慕えばいいのか、誰が自分を見てくれているのか。大きな存在の不在。
・信じていた権威の裏側の暴露。失望。
・自分を表現する場の減少。SNSでも数値化されることの、自己のデータ化、解釈、分析、分裂、分断。
こうした状態が社会で常態化することで精神的に不安定になり、人を平気で傷つけたり、傷つけても心が痛まない人が増えます。
何かに所属している感覚がなくなり、すべてに失望し、自我が崩壊するためです。
「なぜ人を殺してはいけないか」は理屈ではありません。
「心」を持っていれば、当たり前のこと、当然のことなのですが、「心」がノイズまみれにされ、汚染され、見失ったために、その当然のことを、理屈や理論でもって説明しなければ、その理由すらわからない人たちが増え、また、理由を聞いても「そういうことをやったら法で裁かれるっていう理屈でしょう。わたしにはその法のことは知らないし、関係ない」という、あらゆる抑止力が効かない、もっともおそろしい状態に人はなります。
日本の憲法でも「人を殺すな」とは書いてありません。
法律では「殺したらどうなるか」について書かれているだけです。
つまり、「人を殺してはいけない」という精神を理解できなければ、なぜこうした法があるのかを理屈でもって説明するしかないのです。理屈は心に響きません。頭で処理され整理されるだけです。
むしろ理屈さえ通れば、筋道が立っていれば問題ないという勘違いを生むことにもなります。
「法で裁かれればよいのであれば、なにをやってもよい」
これは一部の特殊な人たちの話ではありません。誰しもがそのような状態になる危険性をはらんでいます。
誰しもが無規範状態を経験することが増えていきます。
今後、世界はよくなる一方、これまでの歪み、問題となって噴出するため、辛い状態もまた加速します。
これは個人の問題ではありません。
一人ひとりをそのような状態にさせる、社会の問題、人類の問題です。
ピラミッド構造のしくみの中では心身ともに疲弊し、本当の幸せを感じることはできないようになっています。
自分をしっかり保ち、自分を見つめる時間を作ってください。
辛い時はけして一人で抱えず、信頼できる人に相談してください。愚痴を聞いてもらえるだけでもだいぶ違います。
あなたは宇宙とつながっていることを忘れないでください。
常にあなたには宇宙からの無限のエネルギーが注がれています。どんなあなたであっても、その供給がストップすることはありえません。どんなあなたでも、宇宙はつねに「イエス」と答えます。
「愛」を忘れないでください。愛は「やさしさ」の根源であり、本質です。
自分にやさしくしてください。相手にやさしくしてください。どんな状態でも「思いやり」を忘れないでください。