詩人は数学者と、数学者も詩人と、どちらも世間からは同じような目つきで見られるようである。思慮深そうな風貌、仕事に対する静謐な姿勢、時と場所を選ばないような豹変、求めてやまない霊感に限りなく近い論理…どうして彼(あるいは彼女)は詩人になったのか?何故に彼(あるいは彼女)は数学者になったのか?

 ほとんどの父親は言うだろう、詩人であれ数学者であれ、それが世間から賞賛される男(あるいは女)の才能の一端であるならば、それはそれで致し方ないと。その傾向は雄々しい時代ならば尚更で、ハミルトンほどの才能ならば、カレッジの洞窟から実際の測地や天文の場へ、その論理と発想の腕力を否応なく引きずりだされた。ワーズワースのような孤独な夢想家でさえフランスへ渡るはめになった。革命に引きずり出されたのだ。後に故郷で郭公に耳を澄ましながらも、息を呑んだ耳小骨の奥では、暴徒の怒声や女の絶叫をじゃらじゃらと砂のように感じていたはずである。こうして詩人は、いつの時代も苦難を糧に青春とやらを生きる。よって、ほとんどの父親は言うだろう、数学はできるときにやっておけ、詩を書き散らすことは老けてからでもできる、それがおまえの身のためだと。

 

 一八二四年 九月

 

場所

 コリヴ川と湾を見渡せる新築のリンチ邸

 

登場人物

 ローウィ…ウィリアム・ローワン・ハミルトン、天文台長、二十九歳

 ウィリィ…ウィリアム・ワーズワース、詩人、五十四歳

 ノエル…ノエル・リンチ、海運業者、マイケルの父

 マイケル…マイケル・リンチ、トリニティ・カレッジの卒業生、二十四歳

 ドロシー…ドロシー・ブラウン、マイケルの婚約者、二十六歳

 

(典型的なヴィクトリア朝様式の居間なのだが、舞台手前はバルコニーの設定で、居間との境に敷居を設けるか列柱を設けるかは委ねる。中央の暖炉の中には鯨の骨が覗いていて、両側の壁の上手側にはクロムウェル夫人エリザベスの肖像画、下手側にはゴールウェイの十四家族のひとつブラウン家の紋章の大旗が架かっている。それら肖像画と大旗のちょうど下に暖炉の方へ向いた椅子が二脚づつ、暖炉の上にキルベガン・ブルスナ蒸留所のウィスキー入りの瓶三本と水差しとゴブレット六碗)

(マイケルとドロシーが上手より手をつないで少々疲れた表情で入ってくる。マイケルは上手の椅子に安堵したように座って、クロムウェル夫人の肖像画を見上げる。ドロシーはバルコニーへ出て正面より上手側、ゴールウェイ湾の方を臨む)

ドロシー Gallって外国人のことらしくて、外国人の町だからGalwayっていうんですってね?

マイケル (考えごとを中断されたように、やや不機嫌で振り向いて応じる)ああ、このあたりを支配して町の基を作ったのは、アングロ・ノルマンの十四の部族…(下手側の紋章を見上げて)そのうちのひとつが君のご先祖さまらしいよ。

ドロシー (川上にあたる下手側の方に気づいて、相手が手を振ったのか、下手側の方に微笑んで手を振る)楽しそうな漁師さん、ブルターニュを思い出すわ…その画の方は、あなたのお祖母さまかしら?

マイケル (両腕を広げて反り返って)祖母さんなものか、これはクロムウェルの奥方エリザベスだよ。

ドロシー (下っていく船に手を振り続け、顔は微笑んだまま)クロムウェルの奥さん?どういうこと?今でもイングランドに対する忠誠は変わらないと…あたしには、あなたのお父さまがそんな狐さんには見えないわ。

マイケル (上手の入口の気配を察して)誰か上がってくるな…俺にも親父の趣味は未だに理解できないよ。

(上手入口からローウィが、ゆっくり考え事をしながら階段を上がってくる。目を上げて内側に目を向けたドロシーと目が合って、にこやかな表情をあえてつくる)

ローウィ お邪魔じゃなかったかね?

マイケル (椅子から立ってバルコニーの方へ歩きながら)先生こそお疲れでしょう、来て早々にアッサムの茶葉の話を聞かされて。どうぞ、これがコリヴの流れです。

ドロシー (バルコニー下手へ幾らかずれて、幾らか落ち着きを失くして)どうぞ、どうぞ、きれいな眺めですよ…先生、あのぅ…

ローウィ (マイケルと一緒にバルコニーに出て、眩しそうに陽に手を翳して)ここはダブリンよりも光に溢れている…君のお父さんのように、リンチ家のように…

マイケル リンチ家のように?

ローウィ リンチ家のように、建設的で冒険的な、未来がある。

マイケル 父がもうお話ししてしまったのですね、到着されて間もないのに。まったく、余裕がないというか、短気というか、その川のように。

ローウィ この川が短気とは?

マイケル (下手の上流の方から上手の湾の方へ腕を振って)あちらの湖から、あちらの湾の河口まで、四マイルしかありません。

ドロシー (マイケルの背中に手を置いて、頷いているローウィを覗き込みながら)あのぅ、先生、下でお父さまとお話がお済みでしたなら…おやりになります?

ローウィ (一瞬ぼんやりして)マイケル、未来の奥方に話しておいてくれなくちゃ、私が星の数を数えるしか能のない奴で、普通の人の会話にはついていけないのだと。

マイケル 先生のことは、俺の子供の頃の次に詳しく全部話してありますよ。トリニティどころか、イングランドどころか、ヨーロッパでも指折りの学者で、天文や数式だけじゃなく、十ヶ国語を操られて詩文や戯曲にも通じていらっしゃる。よって、誰しもがSkellig Michaelの孤島の修道院に閉じこもった坊さんを想像しがちだが、さにあらず、我がハミルトン先生の頭脳の栄養源は三つあって、一つめはもちろんウィスキー、二つめは骨ごとのラムチョップ、(ローウィの顔を覗き込むようにして)三つめは分かりますか?まだ下にいらっしゃって、嫌々ながら父の相手をされているワーズワースさんもお好きとか…

ローウィ なんだろう?詩人が好きなもの…鱒とか?

マイケル (大袈裟に背後のドロシーに崩れる仕種をして)先生、九月のゴールウェイに来たら、何はともあれ、牡蠣じゃありませんか。カレッジの設立の話は半分です。いいですか、あとの半分は牡蠣ですよ。(上手の湾のほうに手を差し出して)これから彼らが持ってきますよ。他のところと違って平らで身は小振りですが、これぞ(声を低めて)生娘の味わいGaillimhと父は昔から言っています。

ドロシー (待ちきれず割り込む感をもって)先生、あたしがやりましょうか、と申し上げているのは暖炉の上です。

ローウィ (瓶を見て頷きながらも、とぼけて)牡蠣の次は、もしかして鯨だとか?

マイケル (笑いながらドロシーの背を軽く押して)未来の奥方よ、先生と俺に一杯注いでくれ。ああ、俺は弱いから水と半々で…(また上手の入口の気配を察して)誰か上がってくるな…

ローウィ 今、君が言ったGaillimhっていうのは、この辺りの族長だったフィル・ボルグの娘Gailleamhのことから

マイケル (上がってきた気配を先読みして)ワーズワースさんもこちらへどうぞ。ハミルトン先生と牡蠣を積んだ船を呼んでいるところです。

(上手入口からウィリィが入ってきて、マイケルの言葉を吟味するように頷いて、応えるべく笑うが、体を正面に向けたまま後退するようにして、ウィスキーを注いでいるドロシーを窺う)

ウィリィ ブルスナ蒸留所…あなたは水仙はお好きですか?

ドロシー (気配は感じていたが驚いたふりをして)驚いた…水仙ですか?水仙よりは薔薇が好きです、赤い薔薇が。

ウィリィ 薔薇ですか、しかも赤い薔薇がお好き…たしかに、赤い薔薇はあなたに似合っていますよ。

ドロシー ありがとうございます、ワーズワース先生も(ゴブレットを掲げて)おやりになります?

(ドロシーは幾分か首を傾げて、ゴブレットを持ってバルコニーへ向かい、ローウィに丁寧に渡して、マイケルに少々乱暴に渡してから、川上を眺めるふりをしながら彼の右腕にすがり、ちらちらと居間の方を気にする)

ウィリィ (ウィスキーを口にしたローウィと目が合って)おやりになります、とは?

ローウィ これのことさ、中国では詩人にこれはつきものなんだろう?彼女は、未来のリンチ夫人は、ワーズワース先生に目の前の川を詠ってほしいんじゃないかな。ともかく、ここに来てご覧、ウィリィ。

ウィリィ (断わる手を振って、後退るように椅子に座りながら)君には言ったはずだ、しばらく飲まないことにしていると。

マイケル (飲みかけて止まり、居間へ振り返って)お体を壊されたのですか?

(ウィリィは俯いていって顔を肖像画の方へ向ける。ローウィはそれを見てから、自分のゴブレットの中を覗き込み、次いでマイケルに近づいて彼のゴブレットの中を覗き込む)

ローウィ 私から話そうか、詩人のような語り口というわけにはいかないが。

マイケル (また一口飲みかけて止まり)ああ、お願いします、俺たちのような無粋な輩にも話していただける範囲で。

ローウィ (ゴブレットを持つマイケルの手を押さえて)その前にそちらを一口飲ませてくれないか?(受け取って舐めるように一口飲んで)これだな、ブルスナの村で育まれた血は。君はここの主役なのだから、陽の高いうちから酔っ払ってはいけない。(もう片方のゴブレットをマイケルに握らせて、声を低めて)これぞGaillimh、これぞ処女の味わいかと思ったよ。

ドロシー (マイケルのゴブレットを覗き込み)ごめんなさい、先生、あたしって

ローウィ 大丈夫、とかく善良な人間は、酒と毒の扱いに慣れていないもの。(ちらりと居間のウィリィの方を見て)それにね、おかげでアイリッシュとスコッチの違いが定義できたよ。スコッチとは、ちびちびと飲むものであり、アイリッシュとは、ぐっと?

ドロシー (ゴブレットのマイケルの手を押さえて)やる、そうですよね?マイク、本当に凄い先生だわ。

マイケル (手に零れたウィスキーを舐めながら)そりゃそうさ、先生は今の世のレオナルド・ダ・ヴィンチで…

(階段を駆け上がってくる音、そして上手入口から当主ノエルが、運動しきったように腕をまわしながら入ってくる。座っていたウィリィは思わず立ち上がる)

ノエル そのまま、そのまま、ワーズワース先生、ご自宅と思ってくつろいでください。そして、バルコニーにはハミルトン先生…(ポケットから紙切れを取り出してバルコニーの方へ)先生、ちょうど手紙が来ましたよ。コークにカレッジを欲しがっている連中も、ベルファストの方と一緒だろうと構わないと言っています。そりゃそうだ、名前なんか何でもいい、要は若い連中が学びたいって言うんだから、先生が発表された論文…何て言ってた?

マイケル Theory of sysytems of Rays光線系の理論…(ローウィを見て)すみません。

ノエル その光線系の理論、それを学びたいって若い連中が言うんだから、カレッジでも何でも設立しなくちゃなりません。

ローウィ (ゴブレットに口をつけて掲げて)あなたとマイケル、リンチ親子の建設的な未来に、もう乾杯していますよ。そして、お美しい未来のリンチ夫人もいらっしゃって…やはり光はとどまらない。

ノエル (つくづく感服した表情で頷きながら、ドロシーに向かって)わしも一杯もらおうかな、ああ、夕食前に伝票を揃えるから水と半々で…

ローウィ (マイケルの肩を軽くたたいて)酒の飲み方まで親子だ。(笑い)

マイケル だからカレッジが設立されたら覚悟しておいてください、俺と一緒に六十近いリンチが教室に居座っているかもしれない。(笑い)

ノエル まさか、いくら新し物好きの爺でも、光線系の何とかの話は手強すぎる。(笑い)

(ドロシーはウィスキーを注ぎながら、茫洋と肖像画を見ているウィリィを窺う。ローウィとノエルは笑い合っているが、マイケルはちらちらと向こう向きのウィリィを気にしている。ドロシーはゴブレットをノエルに渡すと、首を傾げてマイケルの右腕にすがる)

ドロシー (小声で)ワーズワース先生、お部屋へご案内して夕食まで休まれた方がいいんじゃないかしら…あたしはちょっと…

マイケル (ゴブレットをドロシーに渡して)分かった、俺が案内するよ。この奥の角がワーズワースさんだっけ?

ローウィ (顔はノエルの方に向きながらマイケルの肩に手をおいて)おそらく、私がこの中では一番ワーズワース先生を存じあげている…(ドロシーをちらりと見て)妹さん、ドロシーが負っている憂鬱症の具合がよくないようで…若輩の私と違って旅の疲れもあるだろうし…経験上、申し訳ないが二人だけにしてもらえないでしょうか?彼の部屋は奥の私の隣りかな?話して落ち着いたら休ませましょう。

ノエル (頷いて飲み干し)先生が三十前とは信じられない。分かりました、わしは伝票を揃えるから、マイクはコークの蟹野郎に適当な返事を書いてくれ。それが終わったら、船着場へ行って今晩の牡蠣の様子を見てきてくれ。

ドロシー (また小声で)お父さま、あたしも一緒に行っていいかしら?

ノエル 行くなと言っても行くだろうよ。それじゃ、先生、わしらは下へ行って一仕事してきます。

マイケル 先生が強いのは知っていますが、どうか程々にやってくださいよ。ゴールウェイの牡蠣は族長フィル・ボルグの愛娘、よって族長の牡蠣は、アキレスの盾のような大皿でお出ししますから期待してください。失礼します。

(リンチ親子はドロシーにゴブレットを任せて、足早に別件を話しながら上手へ去り階段を降りる様子。ドロシーはゴブレットを暖炉上に戻すが、見まい見まいとして右横を見てウィリィと目が合ってしまう)

ドロシー (ウィリィから目を逸らして、上手の方を身ながら)牡蠣って…怪我をすると治りにくいんですよね…

(ドロシーが上手に去るのを見計らって、ローウィは居間へ入ってゴブレットを暖炉上に置いて、旗の前の二脚の椅子の背を掴む)

ローウィ (椅子を運ぼうとしながら)ウィリィ、彼女もドロシーっていうんだ。陽も傾いてきて、風もいい感じになってきたから、そこで話さないか、ワーズワース先生?

ウィリィ (嘆息を吐いた後に両腕を組んで、椅子を持ったローウィの方に向いて)私のような駄目教師が船に乗って、私のような三文詩人がダブリンを経て、わざわざここまで来る必要があったのかい?

ローウィ (椅子を手放して下手右側の椅子に座り、ほっとしたように微笑んで)光の屈折のこと、そんなことなどを知りたがっているのはマイケルの他には二、三人だろうね。しかし、鹿の親子の睦まじさ、そして水車小屋で粉を挽く娘の想い、そんなことを知りたがっている若い男女は大勢いる。よってウィリアム・ワーズワースの詩は詠み継がれる。

ウィリィ ハミルトン先生の方が詩人だ…私の詩が詠み継がれる…私は詠み継がれようとして書いてきたわけじゃない。

ローウィ ウィリィ、年長者のあなたに向かって、言いたいことを言ってきたが…私が思うに、あなたの芸術の素晴らしさは素直さにあるのだと思う。

ウィリィ 素直さ?素直さか…亡くなった弟のジョンは、よく母に言われていたよ「どうして、あなたはお兄ちゃんのように素直になれないの」ってね。素直だったら船乗りになれなかっただろうし、素直だったらインドへもアラビアへも行けなかっただろうし、素直だったら…難破船に乗ることもなかった。

ローウィ おそらく、生き続けるためには素直さが必要なのだろう。

ウィリィ 素直さ、素直さ…暗い海の底でジョンが聞いていたら、笑っているんじゃないかな。革命を見に行った、ドイツへも足を伸ばした、しかしウィリアムは、ウィンダミアの畔のコテージに隠れ住んで、日がな小鳥のさえずりを聴いている。自然の中へ逃げ込んでいる、ウィリアムは。

ローウィ 生き続けるためには、逃げ込むことも必要なのだろう…

ウィリィ (両腕を組み直して、また肖像画の方へ向いてしまう)数学者は…科学者はいいな。いつもそこにある存在、そこにある光、そこにある波の揺らめき、何気なくそこにあるものに、新たな意味を見出すわけだ。それは逃避ではない。

ローウィ 逃避ではないが…普遍への冒涜ではないのか、と時折思う。

ウィリィ (肖像画に話しかけるように)どうしましょう?子供を産んで育てて、政治家の妻として生きてきたあなたなら…弟ジョンと同じように笑っちゃいますか?しかし、女とて、いや、女ゆえに、逃避する芸術も、冒涜する科学も、何も知らずに、ドロシーのように朽ち果てていく者もいる。

(ローウィは暖炉の方へ向かって、ゴブレットを掴んで残っていたウィスキーを飲み干し、空の中を見下ろしながら小さく苦笑して、水差しを持ってゴブレットに水を注ぎ、自分が一口飲んでからウィリィへ向ける)

ローウィ だからワーズワースの詩は、詠み継がれるべきなのだ。

ウィリィ (ゴブレットを受け取って飲む)水じゃないか?

ローウィ 三十前のウィリアムが、五十四のウィリアムにお教えしよう。牡蠣もウィスキーも、逃避も冒涜も、本はといえば水なのだ。よってワーズワース先生も私も、そして枕辺で何かを呟いているドロシーも、本はといえば水なのだ。

ウィリィ (また一口飲んで薄ら笑って)ハミルトン先生、水で済まないから、こうして苦労している。

ローウィ ウィリィ、族長の牡蠣は早生の牡蠣だが、ここのは酒を飲み継ぐのを忘れるほど美味いらしい。詩人であれ、数学者であれ、そして数多の船乗りであれ、数多のドロシーであれ、夏の恋をひきずっている娘のような牡蠣、そんな牡蠣を口にしたら…

ウィリィ 夏の恋をひきずっている娘…そんな娘のような牡蠣を口にしたら?

ローウィ 今日という日に、そして娘を海に捧げた族長に、感謝しなければならない。

 

                                       幕