ブラジルのクリチバを「栗千葉」と日本語表記してみせたのは、サンパウロから遥々ニューロシェールへ訪ねてきた祖父の平井長慶(ながよし)だったと記憶している。今は紀の川市に合併された貴志川からサンパウロへ勇躍した祖父からすれば、USAのニューヨークの傍らの町など悠々たる旅路と息巻いていた。その「栗千葉」ならぬクリチバは約三万人の日系人を抱える都市である。カシオ・タニグチはブラジルの州都においては日系人として初の市長となっている。そんなここパラナ州クリチバで被告カレン・ボウルズは隠遁生活にあるらしい。
「カレンだから女性か…女性帰還兵も多いらしいね」とビンこと平井敏は呟くように聞いた。
「ああ、九一年になって女性帰還兵の先天障害をもつ子供へも補償が認められた」と伯父のヴァン・トゥン(文順)はシンガポール訛りの英語で応えた。「大した情報じゃないが、カレンの兄はリチャード・ボウルズというフロリダのタンパでは有名な不動産屋だったようだ。一昨年に故人となっている」
ビンはフロリダの兄云々を聞き流して窓から通りの先の時計に目を細めた。
眼下左手に臨めるかつてのRua 24 horas(24時間通り)は、長さ約120メートルの通りに24時間営業の飲食店を連ねていた商店街であった。今更でもないが、92年に開業した夜間も営業する飲食店街というのはブラジルでは珍しい試みで、周辺の治安悪化に対する抑止効果をも大いに期待されたらしい。日本の神戸の三宮の繁華街がモデルだったらしいが、今は「24時間時計」だけを残して過日の賑わいを想うだけである。
「カレンというその当時の枯葉剤研究者、いや、枯葉剤推進者は、ベトナムからの被害訴訟を、いや、ベトナム戦争時の被害者と加害者側にあった帰還兵による訴訟を…」
「否認するに決まっている」
ビンは端から実際の行動に否定的だった伯父の憂鬱そうな顔を打っ棄るようにして窓辺を離れた。そして特殊部隊用のそれを模したタクティカル・ベストに携帯電話をしまい込む。伯父の暑さと難儀に辟易している眼差しを意識しながら扉脇に置いていたバットを手にした。
「ここはサッカーが国技の国だ。どう見ても護身用か、野球好きの日本人かアメリカ人にしか見えないぞ」
「本よりアジア人顔でも元アメリカ人だよ。護身用として持ち始めたわけじゃないが、このバットをくれたアメリカ人に守られているような気がする、今でも」
歳の近い伯父は嘆息を漏らしながらもう一着のベストへ手を伸ばした。
「薄っすらとBostonと読めるようだが…」
「そう、ボストン・レッドソックスのバットと言っていた、小綺麗な開拓時代風の『アンダームーン』の店主ローリーは」
平井敏(ビン・ドック・ヒライ)はシティ郊外のニューロシェールに生まれた。父は日本人の二世で母はベトナム人の二世だった。ベトナム戦争が終った翌年、ビンが十二歳のときに、クリーニング店を営んでいた父が亡くなった。たまの休みの映画館での心臓麻痺だった。残された母は、戦後のベトナム新政府の幹部になった大叔父からの帰国要請に乗るしかなかった。一九七九年の旧正月の凍てつく中、家財を処分した母子はダナンへ向けて発った。
ブルーベリーの収穫が始まる一九九七年の初夏になると、十八年ぶりに渡米するビンの姿があった。タンソンニャット空港でゲートへ向かうとき、母はビンの手を握って米語で気丈に言った。
「生まれて育ったところなのだから、里帰りの気持ちで行っておいで。なにか美味しいものを食べておいで」
ビンにしても頼まれて渡米したという感は免れ難かった。ダナンとホイアンを行き来する観光局に勤めて四年になっていた。下っ端で薄給の役人であることには変わりない。日本での研修のために貯蓄していた旅費は、大叔父の懇願でマサチューセッツ行きにまわすことになってしまった。
「謝罪してくれなかったら…どうします?」
歩行困難となった大叔父のコーは言いかけたことを呑みこんでから両手を合わせた。
「続けるさ、民族の戦いを」
大叔父コーは若い頃から誰もが知る激情家だった。あのときも絶えきれずに泣き出した。語り終えてからビンに銃弾を震えるように渡した。そして在りし日の妻の楯写真を食卓へ据えた。大叔母の若い遺影、それは母に似ていた。母に酷似した大叔母を陵辱してから射殺したアメリカ人がいること…ビンも沸々と憎悪が噴出するのを感じた。それは思わず奥歯に痛むほどの圧をかけるに充分なものだった。しかし大叔母を殺害した兵士が本当に「ランディ・ミルトン」という男なのか…高官の大叔父コーしか知らないことが多すぎた。ビンはいくつかの事柄のつじつまが合わないことは早くから気づいていた。略奪と残虐をつくした男が残した下着のイニシャルのM…このMの下着ひとつを取ってみても情報が錯綜していた。コーがホーチーミンに呼び出されてミルトンという名前を持って帰るまでは、他の親戚が言っていた「マックロード」が残虐なアメリカ兵の名前だった。
こうしてビンは途惑ったまま渡米した。マサチューセッツ州ウェストフィールドは、スプリングフィールドの西にある閑静な町である。そこへ忌まわしい記憶を携えてアメリカ生まれの日系ベトナム人がやってきた。そして公園前でブルーベリーパイを頬張った後に、残虐な米兵「ランディ・ミルトン」の閑雅な生家の前に立った。
カレン・ボウルズに「24時間時計」の下で些か唐突ながら電話すると、不躾な取材接触に慣れているのか明確な米語で会談を承諾してくれた。彼女はジャルジン・ボターニコという植物園に近い閑雅な老人ホームに住んでいる。昼下がりから園内決まり道の一周を日課にしているので、今日は調子がいいので母性愛の噴水で待っているとのことだった。
「日本人が多いところだから見分けがつくかしら…何かベトナムらしいスターマークの袋とか持ってらっしゃらない?」
ビンは人に会えることを無邪気に喜んでいる老女の嗄れ声に少々臆した。
「そうですね…ベトナムらしくないですが、マサチューセッツのウェストフィールドで野球好きの方からもらったバットをいつも持っています」
老婦人の陽気な燥ぎ声が途切れて幾らか間を置いたように感じた。
「あら、野球がお好きなの?あたしもタンパベイ、フロリダの出身なのでデビルレイズを応援していたのよ。今は単にレイズって言うのかしら。うちの兄はね、この国の人と同じくフッチョボール、サッカーが好きでね。タンパにも…えーと、ミューニティーだったかしら…そんなチームがあったからリチャードも応援していたのだけれど…2001年だったか、なくなっちゃって…あの頃からリチャードも急に老け込んじゃって病気がちになって…」
「あの…一昨年に亡くなられたと聞きました」
「そう、そうなの…よくお調べなのね。それじゃ噴水の所で三時にね」
携帯電話を放るように切った老婆の冷めたような眦が想像できた。
ボターニコの愛児を抱き上げた優美な若妻の彫像を戴いた噴水は、雲間から射してきた逆光を背にして悲劇的に見えてしまった。待ち合わせ時間より早めに噴水下を望めばそれらしい姿はない。予測していたように「来やしないさ」と伯父は苦笑交じりに言った。
ビンが悶々と訪ねたウェストフィールドの米兵「ランディ・ミルトン」は既に故人だった。ミルトン家を後にして予想していたとはいえ空ぶって遣り切れぬ自分がいた。乾いた茫漠な感情を押しつけようと辺りを見回す。整備された街角に立ってしまった偶蹄目の気持ちはこのようなものか。
父は日本の漫画が好きだった日系アメリカ人、その息子も早くから日本のアニメーションに憧れていた。科学はシティを闊歩する少年の夢。未来のトーキョーはそっくりそのまま未来のブルックリンのはずだった。現実はベトナム人の母によってジャングルを舞台にしたアニメーションへ転化する。自分はアメリカに生まれたベトナム系だった。
あれはホーチーミンでの研修の最終日だった。教育の場で使われるに好ましいというアニメーションフィルムだった。ラオカイあたりのような鬱蒼とした絵が途切れると、水田のひとつも描き込まれていない緑色の平原が広がった。普段は優美で時として強力に君臨する王の代名詞のような白いライオンがいた。周りに侍る賢い猿に寡黙な水牛、そして単独で無頼なちょっと疲れた片目の中年ライオンもいた。日本の偉大な漫画家は、野生が我々自身であることを知っていたのだろうか。
それにしてもウェストフィールドのこの水牛はどうする…水牛は帰るしかないだろう。大叔父と母は何と言うだろうか。そもそも大叔父は母を変な目で見ていないか…やめよう、くだらない、くだらなさすぎる、戦争が終っているのに。
翌日の十時十五分、疲弊困憊の果てに熟睡したと勘違いしたビンはモーテルを追い出されるようにして出た。今日も小綺麗な街並みが眼に痛い。町の中央へ向かってバスに乗らなければならない。晴れ渡っている土曜日の朝に人々は白い肌を煌かしていて、寝起きのベトナム人の頭髪を風が枯れ草のように弄っていた。
ビンの脇を長身の老人が走り抜けていった。珍しくない白短パンに紺ランニングの格好だが、バットを背にまわして両腕ですくうように背負っていた。縛られた人が逃げていくような変な走り方だった。老人は前方で止まってバットを右手に持ち直した。そして公園を覆うような樅の並木の一本にゆらりと凭れる。呼吸を整えているように見えていた。彼はベトナム人が脇を通り過ぎようとした時、その胸元にバットを突き出した。
「いいバットだろう?レッドソックス、俺が大好きなチームだ」
ウェストフィ―ルドの憩いの場「アンダームーン」の店主ローリーは、バットをゆっくりと振り上げて苦しそうに言った。
「アメリカから出ていけ」
「ここまで来てバインミーを食わされるとは思わなかったよ。しかも枯葉剤訴訟の被告が直々にお持ちになったとは…大丈夫だろうな」
伯父ヴァン・トゥンはフランスパンの端から覗けるパクチーに鼻を近づけて訝った。
「彼女の謝罪の一端として…この場は素直に頂きましょう」
ビンは植物園の出口へ向かって付添人に押されていく車椅子の老婆を見送っていた。その後姿は白髪とより純白なカーディガンの裾を微風になびかせて颯爽とさえ言える。むしろオレンジ剤ダイオキシンによる障害を語るにベトナム人の方が気楽だったのか。
「トイレついでに飲み物を買ってくるよ。いくらパクチーや大根がそれらしくても、クリチバのバインミーは飲み込むには大変そうだ」
伯父は手にしていたバインミーの包みを袋へ戻して小走りに温室へ向かった。
ビンは大きく頷いて噴水の方へ踵を返した。安堵する、彼女ではなくて彼が一時でもいなくなったことを。不愉快だった。枯葉剤の魔女のようなカレン・ボウルズではなくて、野卑で落ち着きのないシンガポール人のヴァン・トゥン伯父が不愉快だった。
ビンはベンチへバットとバインミーの袋を放って倒れこむように座った。そしてタクティカル・ベストの内側の汗ばみを意識する。指先にあたった携帯電話を引きずり出して開くと、傲然と突きつけるように米語の連なりがあった。
「Aの『戦争なのだから仕方ないだろう』という言葉がある。これとBの『戦争だったのだから仕方なかったのだ』という過去完了形の言葉を並べて見る。Aの何とも現実的で大人びた響きは、女子供を瞬時に黙らせて荒涼をもたらす。Bの何とも経験的で老残の響きは、数多の才能を鈍重に停滞させて諦観をもたらす。AもBも冷酷非情な悪魔ではない。Aはこれから戦地へ立ち向かう者であり、Bは戦地から帰った者で、Aの父や祖父である。祖父、父、そして息子が、一族一家の名誉あるいは不名誉に関わらず感受してしまう戦争体験。Aにせよ、Bにせよ、健康な肉体と非情な哲学は戦時下にあって大いに求められてきた…」
ビンは小さく呻いてしまって思わず周囲を窺った。
アルフォンソ・ペーナ国際空港に着陸するまで高揚のまま打ち込んだ一文である。頭を抱えて苦笑するしかなかった。まるで他人事のように並べ置かれた硬派の論理。ハイスクールの右のものを右に置いた課題論文じゃないか。
ビンは引き掻くように一文を消して携帯をベストの内ポケットへ戻した。袋の中をそっと覗くと二個のバインミーはハムとパクチーを曝け出している。居たたまれなくなってバットを引き寄せた。
あの日の「アンダームーン」のローリーもこんな気持ちだったのだろうか。罵声を浴びせかけた後で己の醜態を詫びたローリー。彼はミルトン家をよく知る友人であり、彼こそは従軍経験者Aだったのだ。
元アメリカ人ビンは「アンダームーン」のローリーに会いたくなった。
バットは野球の道具にすぎてはならない、今でも。
了