ホリエモンこと堀江貴文の著書”君がオヤジになる前に”を読んだ。
私の趣味は読書だ。しかし、小説は読まない。実用書やHOWTO本を読むのが好きである。
私は土日にふと本屋に行き、5000円以内までと決めて本を衝動買いする。5000円分とは高いように思われるかもしれないが、それだけの金銭的な幅がないと、良書に巡り会えても値段で躊躇してしまい、良本を見逃す事がある。それを避けるためである。
良本との巡り合わせは運命であると思っている。
その時の心情や思っている事や考えている事に合致した本を読むと本の中の知識を得る事以上の恩恵を受ける事になる。自分の中の蟠りや心の氷を溶かしてくれる事がある。それは日々の生活や日々の仕事を非常に円滑にし、さらにバイタリティーを与えてくれるものであるので、5000円といっても私にとっては安い投資なのである(週末、居酒屋で飲んでタクシーで帰ると大体そのくらいの金額になる)
そこで今回手に取ったのがこの本だ。堀江貴文さんがどのような悪いことをしたのかは私は知らないし、興味もないのだが、この人の思想は良い悪いは別として好きであるし、共感が持てる。
TVではよく拝見しており、発言や雰囲気も面白いなと思っていたのだが、この本を読んでみて堀江さんは非常にドライな人であり、純粋(ピュア)な人だと思った。
これはピュアやドライの定義にもよるのだが、この二つは同意義であるように思う。
物事に対して純粋に取り組んでいるということは他の事はどうでもよくなり、非常にドライに振る舞えるという事ではないかと思う。私もそのようにありたいと思う。
この本は25歳、28歳、32歳、35歳、38歳という区切りで各年代に向けて堀江氏がメッセージを書いている。私は今年で30歳となるので、”28歳の君へと32歳の君へ”というところを重点的に読んだ。
”本当の働き盛りは20代だ”という言葉が衝撃だった。薬剤師の世界では大学を4年出た段階だと22歳から大学院まで出ると24歳から仕事がスタートとなる。6年制になった今では24歳からがほとんどとなる。
つまり30歳までの6年間が働きざかりという事になる。
私が働き始めてから1年目から3年目は仕事になれるまでが大変だった。今までのように大学院でパソコンと論文だけ見ていればいいのではなく、仕事としてくだらない仕事から体力的にキツイ仕事まで回ってくる中でそれだけをこなす事で精いっぱいだった。
しかし、私は病院実習時代の恩師からある言葉を貰い、それを常に思っていた。
”20代は自分の刃を研ぐ時だ。ひたすら技術を知識を身につけなさい”
この言葉があったため、私は新人の頃どんなに疲れていても毎日夜遅くまで勉強をしてた。
しかし、堀江氏はさらに進んでおり、20代は仕事のピークだという、刃を研ぐと同時に仕事をしていかなくてはならないのだ、とそう言っているようだった。
この本を読んで考えさせられた事がある。それは薬剤師とは何をする職業なのかという事である。
堀江氏のドライな考えの元、私の職業を考えると自分のやっている事を見つめ直してしまう。
薬の専門家と謳っているが、処方設計しているのはもっぱら医師であるし、製薬会社の勉強会でも薬物の事を講演しているのはもっぱら医師である。私は薬剤師になって、薬剤師とは何をする職業なのかという質問を様々な方に投げかけるが未だにはっきりとした答えが出てきた事はない。
調剤に関しても、処方のミスを見つけるだけならそれに特化した能力を養うべきだと思うし、電子入力している昨今の処方では過量投与や相互作用、投与禁忌、などはシステムで弾く事が可能であり、もはや調剤時の処方監査は要らないものなのかもしれない。システムにて弾けないところを見るという事であり、それは医療の知識や薬物の知識は要らないと言える。
病棟業務もざっくりとした名前からもわかるようにはっきりしない業務である。厳しい言い方をすれば看護師が今までやっていた雑用を代わりにやって病棟のために役だったと満足しているように思える。そこに薬学を学んだ事は含まれていない。
薬剤管理指導についても”薬の説明”とのイメージが医師、看護師の間だけでなく、薬剤師の中でもあるように思える。薬の説明なんて薬情やパンフレットを配るだけで9割は完成する。大切なのは現在の薬物治療の問題点を改善する事にあるというのに。患者さんに面談しないと薬剤管理指導料を取ってはいけないという理論は理解できない。
持参薬鑑別は入院したその時点からの事で最も早い段階の薬剤管理指導業務であるといえるが、患者データもそろっていない状況で薬物だけあってもほぼ雑用である。持参薬チェックシステムが今に普及するであろうからそれができれば猿でもできる事になる。
薬剤部の業務展開も時代の流れだからという風にして業務を展開していく事が多い。自ら業務展開をしないから特出することもなく、皆横一列という具合だ、薬剤師会などで業務報告なども同じようなことをやっている。
堀江氏から言わせるとそんなところはとっとと辞めた方がいいようだが、まだ私は薬剤師という職業をまだあきらめたくない。なぜなら素晴らしい先生や尊敬に値する先生もいるからであり、私もそうなりたいと思うからである。
薬剤師とは何を利益にしている所なのかと考える。基本的には社会主義的なところでどれだけやっても収益は同じであるが、薬剤管理指導料は違う。薬剤部が主体となって取れる収益である。資本主義的にやるとしたらこの薬剤管理指導料であると思う。我々薬剤師はこの薬剤管理指導に対してもっとプロ意識を持つべきであると思うし、薬剤管理指導に対しての技能も発表していくべきだと思う。
堀江氏の本を読んだ後であるので、堀江氏のような文調となってしまった。
私の趣味は読書だ。しかし、小説は読まない。実用書やHOWTO本を読むのが好きである。
私は土日にふと本屋に行き、5000円以内までと決めて本を衝動買いする。5000円分とは高いように思われるかもしれないが、それだけの金銭的な幅がないと、良書に巡り会えても値段で躊躇してしまい、良本を見逃す事がある。それを避けるためである。
良本との巡り合わせは運命であると思っている。
その時の心情や思っている事や考えている事に合致した本を読むと本の中の知識を得る事以上の恩恵を受ける事になる。自分の中の蟠りや心の氷を溶かしてくれる事がある。それは日々の生活や日々の仕事を非常に円滑にし、さらにバイタリティーを与えてくれるものであるので、5000円といっても私にとっては安い投資なのである(週末、居酒屋で飲んでタクシーで帰ると大体そのくらいの金額になる)
そこで今回手に取ったのがこの本だ。堀江貴文さんがどのような悪いことをしたのかは私は知らないし、興味もないのだが、この人の思想は良い悪いは別として好きであるし、共感が持てる。
TVではよく拝見しており、発言や雰囲気も面白いなと思っていたのだが、この本を読んでみて堀江さんは非常にドライな人であり、純粋(ピュア)な人だと思った。
これはピュアやドライの定義にもよるのだが、この二つは同意義であるように思う。
物事に対して純粋に取り組んでいるということは他の事はどうでもよくなり、非常にドライに振る舞えるという事ではないかと思う。私もそのようにありたいと思う。
この本は25歳、28歳、32歳、35歳、38歳という区切りで各年代に向けて堀江氏がメッセージを書いている。私は今年で30歳となるので、”28歳の君へと32歳の君へ”というところを重点的に読んだ。
”本当の働き盛りは20代だ”という言葉が衝撃だった。薬剤師の世界では大学を4年出た段階だと22歳から大学院まで出ると24歳から仕事がスタートとなる。6年制になった今では24歳からがほとんどとなる。
つまり30歳までの6年間が働きざかりという事になる。
私が働き始めてから1年目から3年目は仕事になれるまでが大変だった。今までのように大学院でパソコンと論文だけ見ていればいいのではなく、仕事としてくだらない仕事から体力的にキツイ仕事まで回ってくる中でそれだけをこなす事で精いっぱいだった。
しかし、私は病院実習時代の恩師からある言葉を貰い、それを常に思っていた。
”20代は自分の刃を研ぐ時だ。ひたすら技術を知識を身につけなさい”
この言葉があったため、私は新人の頃どんなに疲れていても毎日夜遅くまで勉強をしてた。
しかし、堀江氏はさらに進んでおり、20代は仕事のピークだという、刃を研ぐと同時に仕事をしていかなくてはならないのだ、とそう言っているようだった。
この本を読んで考えさせられた事がある。それは薬剤師とは何をする職業なのかという事である。
堀江氏のドライな考えの元、私の職業を考えると自分のやっている事を見つめ直してしまう。
薬の専門家と謳っているが、処方設計しているのはもっぱら医師であるし、製薬会社の勉強会でも薬物の事を講演しているのはもっぱら医師である。私は薬剤師になって、薬剤師とは何をする職業なのかという質問を様々な方に投げかけるが未だにはっきりとした答えが出てきた事はない。
調剤に関しても、処方のミスを見つけるだけならそれに特化した能力を養うべきだと思うし、電子入力している昨今の処方では過量投与や相互作用、投与禁忌、などはシステムで弾く事が可能であり、もはや調剤時の処方監査は要らないものなのかもしれない。システムにて弾けないところを見るという事であり、それは医療の知識や薬物の知識は要らないと言える。
病棟業務もざっくりとした名前からもわかるようにはっきりしない業務である。厳しい言い方をすれば看護師が今までやっていた雑用を代わりにやって病棟のために役だったと満足しているように思える。そこに薬学を学んだ事は含まれていない。
薬剤管理指導についても”薬の説明”とのイメージが医師、看護師の間だけでなく、薬剤師の中でもあるように思える。薬の説明なんて薬情やパンフレットを配るだけで9割は完成する。大切なのは現在の薬物治療の問題点を改善する事にあるというのに。患者さんに面談しないと薬剤管理指導料を取ってはいけないという理論は理解できない。
持参薬鑑別は入院したその時点からの事で最も早い段階の薬剤管理指導業務であるといえるが、患者データもそろっていない状況で薬物だけあってもほぼ雑用である。持参薬チェックシステムが今に普及するであろうからそれができれば猿でもできる事になる。
薬剤部の業務展開も時代の流れだからという風にして業務を展開していく事が多い。自ら業務展開をしないから特出することもなく、皆横一列という具合だ、薬剤師会などで業務報告なども同じようなことをやっている。
堀江氏から言わせるとそんなところはとっとと辞めた方がいいようだが、まだ私は薬剤師という職業をまだあきらめたくない。なぜなら素晴らしい先生や尊敬に値する先生もいるからであり、私もそうなりたいと思うからである。
薬剤師とは何を利益にしている所なのかと考える。基本的には社会主義的なところでどれだけやっても収益は同じであるが、薬剤管理指導料は違う。薬剤部が主体となって取れる収益である。資本主義的にやるとしたらこの薬剤管理指導料であると思う。我々薬剤師はこの薬剤管理指導に対してもっとプロ意識を持つべきであると思うし、薬剤管理指導に対しての技能も発表していくべきだと思う。
堀江氏の本を読んだ後であるので、堀江氏のような文調となってしまった。