2024年5月5日 こどもの日
新宿の映画館「新宿武蔵野館」でこの映画を見ました。
「ミセス・クルナスVSジョージ・W・ブッシュ」です。
(2022年 ドイツ・フランス アンドレアス・ドレーゼン監督 出演メルテム・カプタン、アレクサンダー・シェアー)
昨日(5月4日)映画comを何気なく見ていて、「ええ!」と驚いてしまい、早速見に行きました。
2時間もある映画ですが、とても素晴らしい内容の映画でした。
「人権」「法の正義」「公正」とはなにか。
そして「家族」「友情」「共感」「連帯」についても考えさせてくれる映画です。
あらすじを公式サイトから引用します。
「2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロのひと月後。ドイツのブレーメンに暮らすトルコ移民のクルナス一家の長男ムラートが、旅先のパキスタンで“タリバン”の嫌疑をかけられ、キューバのグアンタナモ湾にある米軍基地の収容所に収監されてしまう。母ラビエは息子を救うため奔走するが、警察も行政も動いてくれない。藁にもすがる思いで、電話帳で見つけた人権派弁護士ベルンハルトの元を訪れたラビエは、アドバイスを受けアメリカ合衆国最高裁判所でブッシュ大統領を相手に訴訟を起こすことになる……。」
2001年起こったアメリカ同時多発テロにより、何の関係もないはずのドイツ在住のトルコ国籍のイスラム教徒のある家族に起こった出来事を追った映画です。
2001年9月4日に撮影。
まさか1週間後にあの事件が起こるとは。
そしてアメリカは9.11事件の首謀者アルカイダを匿ったアフガニスタンのタリバン政権への攻撃を開始。
「テロリズムとの戦争」が宣言されました。
この「テロリズムとの戦争」は本来の敵であるはずのアルカイダ以外にもタリバン政権、そして9.11事件と直接の関係のなかったイラクのフセイン政権への攻撃、あるいはロシアのチェチェン独立運動の弾圧、中国の新疆ウイグル自治区の民族運動の弾圧…、と世界各地で権力の暴走、そして広範な人権侵害を招くことになりました。
「ミセス・クルナス~」もその「テロリズムとの戦争」に巻き込まれてしまった一家の出来事を描いています。
さて、私がどうして映画comを見て驚いたのか。
それはこの映画の主人公ミセス・クルナスことラビエ・クルナスさんの息子ムラートさんに会った事があるからです。
アムネスティ・インターナショナル日本のスピーキング・ツアーの話者として来日した時に会いました。
2009年の事です。
ただ、間抜けな事に、私はその時の資料を持ってない。
ブログはまだ始めてない。
検索をしたところ、何と、当時スピーキング・ツアーを見ていた人の日記が見つかりました。
ブログ主のピーペンケッターさん。
ありがとうございます!
早速リンクを貼ります。
ムラット・クルナズさんの講演@アムネスティ・インターナショナル
う~ん、これは東京会場でしょうか?
私は別の会場で所属グループが主催した講演会に参加し、懇親会にも参加しました。
残念なことに内容はよく覚えていません。
とは言え、ムラートさんがベジタリアンなので懇親会の会場探しに苦労した、と言うエピソードは覚えております(^^;
補足しますと、この当時アムネスティではムラッド・クルナズさんと表記していました。
今はムラート・クルナスさんで表記しているようですね。
早朝ミサにあずかった後、小田急線で新宿へ。
駅には9時10分ごろ到着し、武蔵野館には9時20分到着しました。
開始の10時5分までには早すぎる(^^;
時間があるのを幸い、スマートフォンでweb予約。
QRコードをかざして発券。
世の中便利になりましたね(^-^)
映画の内容はネタバレになるので書きません。
ただ、ラビエさん、すごいパワフルです。
息子さんの無実を信じて奔走する。
そして弁護士のベルンハルト・ドッケさんに初めて会った時のセリフは
「大臣、アムネスティ、教会に助けを求めた」
おお!アムネスティに頼んだんだ!
同じグループの会員が「欧米の映画に権利が侵害されたらアムネスティに行け、と言うセリフのある映画があるよ。」と言った事があります。
セリフに偽り無しで、アムネスティはこの後ムラートさんのために活動を始める事になります。
それにしてもラビエさん、公式サイトにもあるけど「天真爛漫で厚かましい」キャラ。
だからこそ5年間も闘い続ける事が出来たのでしょうね。
そして頼まれた弁護士のドッケさん(ベルンハルト)もそんなラビエさんに振り回されながらも、ムラートさんを救うために東奔西走する。
米国の首都、ワシントンの最高裁判所、連邦議会、ホワイトハウスまで。
ただ、ムラートさんはそれでもなかなか釈放されず、ラビエさんもベルンハルトさんも何度もめげそうになる。
このムラートさんの件は本当にややこしく、米国はキューバと言う外国にある租借地グアンタナモの基地にある拘留施設にムラートさんたちを閉じ込め、拷問まで行った。
法律の適用番外地、治外法権地帯にムラートさんを押し込めたのです。
だから通常の法手続きではなかなか前に進めない。
そのため最終手続きは通常の司法手続きではなく、行政手続きに頼らざるを得なかった。
ネタバレになるのですが、ムラートさんがなかなか釈放されなかったのは、ムラートさんが住んでいたドイツの連邦政府がムラートさんが無実と分かっていたのにメンツからその過ちを認めようとしなかったのが理由に挙げられます。
しかもそれはベルンハルトさんが投票した当時のシュレーダー社会民主党・緑の党連立政権により行われたのでした。
社会民主党・緑の党は左派であり、人権にはうるさい政党のはずなのですが。
ベルンハルトさんの落胆が画面からも伝わりました。
結局政権交代により保守とされたドイツ民主・社会同盟のアンゲラ・メルケル政権により釈放の手続きが取られます。
メルケルさんは保守陣営に所属していますが、お父さんがプロテスタントの牧師さんで、ご自身も強い信仰を持っており、そのために人権擁護的な考えも強く、メルケル政権はリベラルと言われました。
そしてこの映画の終わりの方でムラートさんが拷問に掛けられていることをベルンハルトさんが発表する場面、そして最後に解放されたムラートさんが「24時間ネオンが光っていた」と述べるシーンの時、「そう言えばムラートさんも講演で言ってたな…」とおぼろげに講演の内容を思い出したのでした。
ムラートさん、本当につらかったでしょうね。
拷問の苦痛に耐える事も。
その体験を語る事も。
最後にようやくムラートさんは解放。
それを伝えるアムネスティのニュースです。
米国:GOOD NEWS! ムラート・クルナスさんがグアンタナモから4年8か月ぶりに釈放
ムラートさんはひげだらけ、長髪の姿でラビエさん、ベルンハルトさんの前に現れます。
うーん、想像できなかったな。
だってムラートさん、お会いした時は短髪で綺麗にひげ沿っていましたから(^-^)
結構男前だった気がします。
まあ、とりあえずは良かった。
ただ、ちょっと残念なことに、映画の終わりの字幕での解説によればムラートさんの件については原因究明、関係者の処罰などは行われなかったとのことです。
権利侵害は解放で終わり、ではありません。
関係者の処罰と再発防止策の実施、がとても大事なのです。
それが出来なかったのは残念です。
そしてムラートさんが収容されたグアンタナモ基地ですが、オバマ政権時代に一旦は閉鎖が決まったはずだったのですが、結局閉鎖は取り消しになりました。
今も39人が解放されないままとの事です。
それを伝える2021年の東京新聞の記事がありました。
グアンタナモで14年間拘束の男性が語る拷問の実情 手記に基づく映画「モーリタニアン 黒塗りの記録」公開 2021年10月26日 12時30分
と言う事ではあるのですが、字幕の解説によるとムラートさんは家庭を持ち、今はソーシャルワーカーとして働いてドイツに暮らしているそうです。
ムラートさん、無事で良かったです。
頭の片隅に「ムラートさん、どうしてるのかな」と言う思いがありましたが、本当に良かった。
ラビエさんも病気になったものの、健康を取り戻されたとの事。
しかしながらムラートさん、ラビエさんに起きた事、すなわち人権侵害は珍しい事ではないのです。
日本では今「袴田事件」で殺人の疑いを掛けられて死刑判決を受け、再審を求めている袴田巌さんがいます。
袴田事件はお姉さんのひで子さんが大変な苦労をして弟さんの冤罪を晴らすべく活動をしています。
アムネスティも今袴田事件の支援活動を進めています。
死刑廃止 - 袴田事件:再審を実現し、袴田さんの苦しみに終止符を!
そんな大げさな!と言う人もいるでしょう。
では、こちらはどうでしょうか。
朝日新聞でも取り上げられています。
今では外国にルーツを持つ人が日本に沢山います。
皆さんの知り合い、友達にもいるでしょう。
その人たちが警察にいきなり職務質問されていると知って貴方はどう思いますか?
ムラートさんがグアンタナモに拘束されたのも、イスラムに対する偏見が米国政府にあったからではないでしょうか。
ドイツ政府が真剣に取り組もうとしなかったのもイスラムへの偏見があった可能性があります。
人権侵害は遠い国の事ではない。
貴方のそばにあるかもしれないのです。
そして人権侵害されたことに納得が行かない、あるいはおかしい、と思ったのならたとえその相手が権力の側であったとしても、闘うべきだし、闘ってよい。
「ミセス・クルナスVSジョージ・W・ブッシュ」はその事を考えさせてくれる映画でした。
一人でも多くの人にこの映画を見て欲しい。
そう願っています。
※5月6日追記
この日記を書き終えた翌朝、この事は書き加えておいた方が良いだろう、と思い立ち、いくつか追記します。
ラビエさんとベルンハルトさんがワシントンに赴き、あるNGOの集まりでスピーチをする場面があります。
その集まりは9.11でご遺族を亡くされた人たちの集まりでした。
その集まりでラビエさんは自分の母親としての思いを切々と語ります。
そしてご遺族の方々の人種構成も多彩であること。
そして確かドイツの当局との話し合いでの場面だったか、あるいはジャーナリストとの会見の場面だったかと思いますが。
ラビエさんが息子は独身じゃなくて既婚者、と語りごく普通の市民であることを強調するのに対し、相手はモハメド・アタも既婚者だった、と言う場面があります。
モハメド・アタ。
日本では忘れている人が多いですが、9.11の実行犯の一人です。
9.11事件は確かにあまりにも酷い事件でした。
数多くの人々が亡くなった。
そして今も貿易センタービルの跡地にそのまま眠っている遺骨も多数あります。
ですが、実行犯がイスラム過激派であったため、それを理由にイスラム教徒は危ない、イスラム教徒はテロリストである、と言う誤った言説が広がり、それが「テロリズムとの戦争」の正当化に使われたのも事実です。
「テロリズムとの戦争」の一環であるイラク戦争は終結しましたが、イラクはいまだに安定していません。
その混乱に付け込みイスラム過激派とされるイスラム国が9.11から10年以上も後に擡頭することになります。
イスラム国は幸いにも衰退しました。
しかし、その一方で「テロリズムとの戦争」の一環のチェチェン戦争でのし上がったロシアのプーチン大統領はロシアにおける「テロリズムとの戦争」で用いた手法をシリアでの反体制派の弾圧に用い、シリアのアサド政権を延命させています。
「ミセス・クルナスVSジョージ・W・ブッシュ」はそのような時代を生きた人たちの物語です。
私はアムネスティ・インターナショナル日本の会員ですが、それゆえに当時のこの時の斯様な有様はよく覚えています。
忘れようとしても忘れる事は出来ません。
そして今も形を変えて続いているのです。
そう言う意味でもこの「ミセス・クルナスVSジョージ・W・ブッシュ」は多くの人に見て欲しいのです。