2024年4月18日 木曜日
 
 毎週木曜日の小田神父様によるオンラインのキリスト教入門講座に参加。
 講座終了後、質疑応答の時間で気になった事があったので聞いてみました。
 清涼院流水さんの「どろどろの聖人伝」に書かれていたことについてです。
 
 
 この本はルカ福音書を書いた聖ルカも取り上げられています。
 清涼院さんによるとルカ福音書24章13~35節「エマオの旅人」の二人の旅人のうち名前のわからない方は福音書を書いたルカ本人ではないか、との説があるそうです。
 この日の小田神父様の講座で「エマオの旅人」の引用と朗読があったのを幸い、この説について小田神父様に尋ねてみました。
 神父様は残念ながら知らないとのこと。
 
 この「エマオの旅人」は小田神父様が好きなお話だそうです。
 私もこの「エマオの旅人」は好きです。
 私が生涯初めて訪れた教会で牧師さんが朗読し、説教していたのがこの「エマオの旅人」だったのです。
 
 
 この教会でした。
 前住んでいた家の近くにありました。
 復活祭へのお誘いのちらしが二年連続してポストに入っていたので2001年頃行ってみました。
 雰囲気は悪くなかったのですが、牧師さんの説教が30分以上と想像以上に長すぎて「こりゃあかんわ」(遠藤周作さん流に(^^; )と思いました。
 しかしその時朗読されていた「エマオの旅人」の「私たちの心は燃えていたではないか」と言う文章は私の心に強い印象を残しました。
 
 この「エマオの旅人」が好きな人は多いと思います。
 
 ルカ福音書の作者ルカは唯一自分の事を福音書の中で書いている人でもあります。
 ルカ福音書の後半にあたる「使徒言行録」で「わたしたちは」と称して途中からしゃしゃり出てきますよね(^^;
 ルカ福音書そして使徒言行禄の冒頭には「親愛なる(尊敬する)テオフィロさま」に捧げる文章が書かれています。
 歴史書の形式をとりつつ、私的な色合いを強くにじませた、四福音書の中で一番著者自身が文中に表されている福音書です。
 
 そのような著者ルカであれば「エマオの旅人」はルカがもう一人の旅人クレオパと一緒に実際に体験したエピソードであった可能性もあるかもしれません。
 
 エマオの旅人と言えばこの絵が有名です。
 
 
 イタリアの天才的バロック画家、カラヴァッジョの「エマオの旅人」
 二人の旅人が目の前にいる人物がイエス様である事を認めた瞬間。
 この後イエス様は二人の前から姿を消します。
 そして二人は「わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合う。
 とても印象に残る絵です。
 「ルカはどっちなんだろう?」と想像しながらこの絵を見るのも楽しいと思います。