逆ラマダン
しばらく前から夕飯をあまり食べていない。もともとは夏バテと、夏にあった気鬱の源から始まった。だけど、それを続けているうちに、案外食べなくてもイケるようになってきた。ぶっちゃけ、自炊の手間が減るのは楽でもある。調理と食事にかけていた時間を、他のことに使える。まあ最近だとネットいじりか、ピアノを弾くか、それとも酒を飲むか、なのでそんなに有意義ではないかもしれないが(笑)。1日2食、それも昼食はだいたいコンビニ弁当。食の楽しみを放棄した、と他人からは見えるかもしれない。実際、夕食を作らないから食材の買い込みも減った。買い置きも種類が減った。今夜なんか、肉も魚も全くない。野菜はトマトが二個、あと気の迷いで買ったキノコがひとパックあるくらいか。そのかわり、チーズとか牛乳はキープしてる。朝食で使うものは絶やさないようにしている。あと、週末の朝食と昼は基本的に何か作る。外食は本当に減った。連日コンビニでも、だから実はエンゲル係数はそれほど上昇してないはずだ。だが。食の楽しみを放棄してるわけでは、決してない。ご馳走を食べるのは今の俺にとっても一番の娯楽の一つ。ただ、こういう食生活を続けていて気がついたのだが、普通に「晩御飯はご馳走を食べる」という習慣って、少なくとも自分にとっては食べ過ぎとか適量を過ごすことにとても傾きやすいことだったようなのだ。昼でさえそうなりやすい。「晩食べないから埋め合わせを」とか、「お腹減ってるし必要だから少し多めに栄養補給」とか。でも、それって言い訳だったりするんだよな、結構(笑)。じつは、なくても困らない。現代社会の文化人の暮らしは、バランスさえ気を付けていればむしろ過食気味なのだ、と徐々に発見しつつある俺だ。もともとは決してダイエットを目的にした振る舞いではなかった。だいたい、ダイエットだの健康だのというなら晩酌はどうなのよという(笑)。だが、結果としてでも一食分のカロリーを割愛したことで、体重はだんだん減ってきた。…若い頃は一定の体重をキープしていた。維持していたというより、そこからそんなに変動しなかった。でも、中年になって同じ生活を続けていて、だんだん体重は増えた。…今や、当時から比べたら重い時は15キロ、軽い時でも10キロくらいは余分な体重を抱えていた。そんなに筋肉が増えるはずもない。もちろん増えたのは脂肪だ。夏はちょっと減り、冬には増える。それをここ20年くらい続けていた。お袋が台所を切り盛りしていてくれていた頃は、夕食は日々の宴。ともに食卓を囲むことは義務でもあり喜びでもあった。それを手放すのは難しかった。ある意味俺は、そこから離れたとも言える。気がついたら、夏の終わりには「最近の一番軽い体重」からさらに5キロ近くも体重を落としていた。不健康な、とは決して言えない。むしろ、余分な脂肪をそぎ落ちしたと言えると思う。これまでと同じく、身体を使う仕事についている。筋肉はそれほど落ちていないと思う。なにより、前屈の姿勢をとってもお腹がつかえない(笑)。徐々にだが、身体の厚みが減ってきている感覚もある。そして今夜。個人的には結構驚きの出来事があった。以前サイズを間違えて購入してしまい、「くっそう、いつか痩せたら履いてやるんだい」と自己欺瞞…じゃなくて努力目標の記念碑として放置してあった「ワンサイズ下(つまり若い頃のサイズ)のジーンズ」。酔っ払った勢いで足を通してみたら。履けちゃったんだよなあ。こんなに、自分の身体が変わったことを自覚する機会って、滅多にない。だから、すごく驚いた。無理して押し込むのでもない。普通にボタンが止まり、しゃがんでもどこかが弾けそうになったりもしない。まあ、まだちょっときついというかゆったり履けてるわけではないけど、普通に履けてる。次に買う奴のサイズをこれにしてもいいかもしれない、と思うくらいには履ける。痩せたから美しくなる、というわけでもないと思う。それで得をするのでも、いい気分になれるわけでもない。それを悲願としてたわけでもない。ただ、思ってたより自分のことを変えられるんだなあ、と、意識したなかった分余計に感じたのは確かだと思う。晩になるとお腹が減るのは変わらない。だけど、食べるものを減らしたり、食べなかったりすることが、「常に食べていた頃」よりもセーブしやすくなったのも確かだったりする。本当に必要な量よりも、俺の身体は過分な栄養を摂取しようとし続けていた。単純な生理的欲求だけでなく、習慣が作り上げた過剰なルーチンワーク。それも、回数を重ねるごとに少しづつ量が増えていく。「自分」はそれに気づいていない。そういう、「『自分』が意識していなかった自分の仕組み」を、まるで外から見るように発見した…ということへの驚きも感じている。俺は、決して自分が思っている俺「だけ」で動き、生かされているのではなかったのだ。それを知るというのは、なんだか夢から覚めたような感じでもあった。……まあ俺たちは幾重にも重なった夢に絡め取られて生きているものであるから、これが最後の覚醒というわけではないのだろうが、それでも愉快な瞬間ではある。これから寒い冬を迎える。ある程度は脂肪の備蓄も必要になるだろう。そのバランスをどこに定めるか、今の俺には選択の余地がある。面白くもあり、面倒でもある(笑)。身体に任せてほかのことに構っておればいい、とはいかなくなってしまったのだから。そこそこ食べなきゃ、だなあ。