終戦直後、連合軍司令部から骨のある人物と評された白洲次郎は、「日本人にはプリンシパルがない。」と言いました。
プリンシパルとは、原理原則のことだそうです。
「信念」と言い換えることができるかもしれません。
戦争に負けたとたんに手の平を返すように、欧米人に追従笑いをする官僚や政府首脳に腹が立ったのでしょう。
終戦から60年以上たちますが、いまだに日本人は、この信念を持つことが苦手のようです。
日本人の行動原理を一言で言うと、「迎合主義」だと思います。
まず最初に、とりあえず周囲を見回して、それから自分の行動を決めます。
このことは欧米のジョークなどでも取り上げられます。
自分の信念に基づいて、行動を決める、ということがなかなかできないのです。
政治なんかを見てもまさにそのとおりで、いつも米国の顔色をうかがっています。
株式市場においてもそうです。
いつも外国人投資家の動向を見て、買うか売るかを決めます。
どうして日本人はこうなのでしょうか。
私は確固とした宗教を日本人が持たないのがその最大の原因だと思います。
信念というものは、宗教がないとなかなか生まれないものです。
たとえ周囲の人々がみんな反対しても、私はこれをやる、という強い覚悟は、自分の後ろには神がいる、という感覚がないとできるものではありません。
信念がないということは、人々を率いていくリーダー、特に政治家にとっては致命傷です。
政治は政(まつりごと)といわれるように、本来は、宗教色の強いものでした。
国のリーダーが祭壇で神託を聞いて決めたものだと思われます。
神のお告げですから、指導者も自信をもって民衆に伝えることができたでしょうし、民衆も納得したでしょう。
イスラム世界は今でも、これに近い形態で、国家が運営されていると思います。
日本の場合、国民が宗教的なバックボーンを持たないので、政治が混乱します。
指導者も自信なさげです。
結局、宗教色のない国家というものは、主義主張に一貫性がなく、外国から見ても軽くあしらわれてしまうのでしょう。