今迄の闇の策略が完璧に解説されている素晴らしい情報です。
さ~長い情報操作世界から脱却しましょう。
少々ながい文章ですが最期までお読みください。
<記事転載>
▷世界を統治するやり方は、古くから為政者にはわかっていたのだろうか?
悪魔の心を持つDSカバールたちや、人心の統治にかけては抜きん出た能力を発揮する人がいるものだ。
それが、アメリカ中央情報局(CIA)だ。
ある集団おいて、その内部に対立軸をフェイクで作る。
お互い疑心暗鬼にならせて、争わせる。常に、分断し、対立させる。
そして、その間に入って、武器を売る。いわゆる戦争屋だ。
明治の日本もこれにやられた。
司馬遼太郎の本の世界に、青春時には、ハマったものだ。
司馬遼太郎さんは、DSカバール、ユダヤ資本、ロスチャイルド等には、気がついていなかったのだろうか。
私は、全く検証していないので、知りません。
わざわさ、青春のあの思い出を破壊することをさなくても良いと、どこかで思っているのかもしれませんね。
わたしは、個人的には、「峠」という作品がすきですね。
《Chihiro Sato-Schuh さんのFBより》
【作られた分断を超えていく】
3月23日に冥王星が水瓶座に入ってから、嘘が自滅的な力を持ち始めたというのだけれど、たしかにその頃から、まさかと思うような嘘が表に出始めている。
トランプが起訴されたと思ったら、それをでっち上げるのに元大統領バラク・オバマがマンハッタンの司法に工作員を送っていたことが表に出てきた。すると今度は、CIAの機密文書が大量にネットに漏洩していて、ウクライナ軍について公に報道されていることが、ほとんど嘘だったことが表に出たと思ったら、
ダライ・ラマがペドだったことを示す動画が世界中のSNSで拡散されていたりもした。
こうしたことも、SNSで裏の情報を見ていた人たちには、けっして新しいことではなかったけれど、しかし、嘘がもう世界を引っくり返してしまうような力を持って、表に出てきてしまう時代になったのを、示しているようだ。
その中で、中国の仲介で国交を回復したサウジアラビアとイランの外務大臣が、北京で会談して、熱い握手を交わしている写真が世界中で報道されていた。サウジアラビアとイランは、アメリカ中央情報局の戦略で、意図的に敵対させられていた。
第二次世界大戦後、アメリカは世界中のあちこちの国を分断させ、軍事援助して、戦争させてきた。そして、隣の国の脅威を口実にして、米軍配備し、その国の政治を操ってきたのだ。
そうやって、サウジアラビアはアメリカの言う通りにイランと敵対し、石油を米ドルで売り、アメリカの言う通りに石油の産出量を増やしたり減らしたりして、原油の価格を操作してきた。
そのサウジアラビアが、もうアメリカの言うことを聞かず、イランと手を結んでしまったのだ。
このことは、もう分断を作り出すことで、国を支配することはできなくなってきていることを示しているようだ。
この200年くらい、世界はあらゆるレベルで分断を作り出され、支配されてきた。それまでは平和的にやってきた国でも、隣のあの民族は残虐だとか、独裁的だとか、そういうことを吹き込まれると、互いに警戒し始める。それで、反政府グループなどに武器を持たせて焚きつけたりして、テロ騒ぎを起こさせると、警察隊や軍隊が出動することになり、民族を2つに分けてたがいに戦わせることができてしまうのだ。この200年ほどで起きたほとんどの戦争は、そのようにして作られてきたものだった。
それで例えば、同じイスラムでもシーア派はテロリストだとか、同じ東洋人でも中国人は全体主義者だとか、同じ一神教徒でも、イスラム教は狂信者だとか、あるいはアメリカ人は軽薄だとか、ドイツ人は厳格だとか、そういう差別意識が過去に起こされてきた戦争の記憶とも一緒になって、私たちの心を分断させてきた。何人だとか何派だとか何教だとか、そういうことで互いに心を閉ざして、自分たちの方が優越だとか善良だとか思わされてきたのだ。
差別意識を植えつけて、ある人々が危険だとか劣っているとか思い込むと、人は相手を理解しようとしなくなり、話に耳を傾けようとしなくなる。3年前に奇妙なパンデミックが始まってから、私たちはこのことをさんざん目の前で見てきた。パンデミックは危険でないという人々は陰謀論者だと、世界中のメディアがさかんに宣伝していたら、7割がたの人々が、必死で真相を伝えようとしている免疫学者たちの話にまったく耳を貸さなくなってしまったのだ。かくして、言論弾圧も戦争も、こうした差別意識の植えつけによって、人々が自分から作り出すようにされていく。
そうした中で、私たちは疑心暗鬼になって、誰は何人だとか何教だとか何派だとか何主義だとかで心を閉ざし、たがいに理解しようとしなくなり、話を聞かないようにしてきたのだ。2001年にベルリンの議会で行なった有名なスピーチで、ロシア大統領プーチンは、911が起こった原因は、何よりも私たちが互いに信頼し合うということを学んでこなかったからなのだ、ということを言っていた。東西ブロックは消え去り、冷戦は終わったのに、世界はまだ何ブロックだとか何軍事同盟だとかいうことを言って、互いに心を開いて話し合うということをしてきていない、と。
こうした分断は、実のところは、世界を支配するために意図的に作られていたものだった。子供たちは、すでに学校でこういう分断の考えを学び、誰が、どの情報が、どのカテゴリーに属するかで、差別的に扱うことを教え込まれている。そこには、心を開いて理解し合おうとすることや、相手の言葉に耳を傾けることは含まれていない。ただ、どういうものがよくて、どういうものが悪いのか、何が低くて何が高いのか、という評価しかない。そして、それによって私たちは、何をどう考え、どう行動するのかまで、見事に操作されてしまっていたわけなのだ。
イランとサウジと中国の外務大臣が熱い握手を交わしている画像を見て、こうした分断に支配されない関係が生まれ、それが世界を動かし始めているのを感じた。これまで私たちは、政治家同士の外交的な握手などさんざん見てきたけれど、そこにはこうした熱さはまるきり感じられなかった。どの国は何ブロックで、何軍事同盟で、だからどう扱うべきで、という計算があるだけだった。取ってつけたような笑顔を浮かべて、カメラの前で手を握って見せているだけのことだ。そしてそのすべては、つまるところアメリカ中央情報局(CIA)が操っていたというわけなのだ。すべては裏で取り決められた通りに行われていて、それをただ形だけ、対等な話し合いがあるかのように見せかけていただけだった。
ところが、イランとサウジの外相が握手しているさまは、そんな形だけのものではなく、たがいに心が通っているのがありありと見て取れるような、熱さのあるものだった。それを見ていて、国と国との関係は、このようにもあり得るのだと新鮮な気持ちで思った。いや、外交とは本来このようであるべきなのだとさえ。イランとサウジは、アメリカ中央情報局の言うなりに、たがいに敵対してきたわけだけれど、中国の仲介で、もうアメリカ政府の言うなりになるのをやめたのだ。分断しているかぎりはアメリカ政府の言うなりだけれど、手を繋いでしまえば、アメリカ政府の支配からともに抜け出ていくことができる。それは、何ブロックだとか何軍事同盟だとかそういう押しつけられた計算ではなく、たがいに心を開いて理解し合い、信頼し合うことそのものだ。
プーチンは就任した当初から、何ブロックだからどうではなくて、たがいに話し合って、信頼し合うべきだと言っていたけれど、水瓶座の時代になって、プーチンが主張していた多極的な世界が、現実になり始めているようだ。
何ブロックだから、何人だから、何派だから、何主義だから、と考えていると、私たちは心を閉ざし、結局のところ、この分断を作り出しているアメリカ中央情報局の思うままだ。そういうカテゴリーに思考を支配されるのではなく、自分で真実を見て取り、判断することを知るべきだ。これまでの一極支配の世界では、全世界はたった一つの価値基準で決められていた。それは、アメリカ中央情報局が言う民主主義とか自由とかいうものだったけれど、その基準はつまるところ、アメリカ中央情報局が独断で決めていたようなものだったのだ。そんな基準に右往左往するのではなく、自分でありのままの現実を見、心を開いて、話を聞き、理解して、判断するとき、私たちは作られた分断を超えて、多極的な世界を作っていくことができる。
地球の頭頂チャクラだというチベットのカイラス山のエネルギーを解放するセッションのときも、まさにそのテーマが出てきていた。頭の真ん中の、松果体のあるあたりに、私たちは誰でも、水晶のような光を持っていて、それはどんな真実も確実に見抜く力だ。その力は、長い歴史の中で、ありとある手段で封じ込めら続けてきた。チベット仏教でもヒンズー教でもキリスト教でも、特別な修行をした特別な人間でなければ、真実を見抜く力はないと教えていて、そんな力を持つことができると思うだけでも、とんでもない冒涜であるかのように言っている。それで、自分で見て判断しようとする代わりに、組織の判断を仰ぐようにされているのだ。宗教が支配力を持たなくなってきてからは、これが自由だとか民主主義だとか平等だとかいう概念に変わった。いずれにしても、自分で見て判断するのではなく、政府とかメディアとかの判断に従うようにされている。
プーチンが2001年のスピーチで、「私たちはまだ、たがいに信頼し合うことを学んでいない」と言ったとき、彼はまさしく、組織の指示を仰ぐのではなく、自分で見て判断する力を使うことを知るべきだということを言っていたのだ。自分で見て、判断する力が使えるということが、主権があるということになる。他の国の指示を仰いでいる国とは、たがいに心を開いて理解し合うということができないからだ。多極的な世界とは、主権がある国同士がつながり合うことでできていく。主権があるからこそ、たがいに心を開き合い、理解し合うことができる。そこには信頼と友愛がある関係があり、軍備などはしだいに必要なくなっていくだろう。
この主権を持つという力、自分で見て、自分で判断する力、この力こそは、2000年もの間、封じ込められ続けてきた力だったのだ。この力がいよいよ解放される時が来たということなのだと思う。
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画像一枚目 北京でのイラン、中国、サウジアラビアの外相の会談
画像二枚目 2001年ベルリンの議会でスピーチするプーチン大統領

