インド哲学バガヴァッド・ギーターを学ぶにあたっては、それはどんなものかその出自はどのようなものかを、知る必要があります。
しかしその内容は広大かつ深遠なるものであり、その学びにあたっては、深い精神知識と、豊富な人生経験と、無欲清浄な質性である事の、三つの条件を備えた精神指導者の指導が、絶対に必要となります。
ここで大事なことは、たとえギーターを教義とする指導者であっても、宗教団体の指導者は、純粋なギーターの教えではなくなり、教
団に都合よくした歪曲の教えとなっていることです。
かと言って、独学でギーターの奥義を、正し解釈し理解しようとしても、それは絶対に無理と言うものです。
それは、自分で自分の立ち位置を正しく認識する事が出来ずに、宗教の段階で何時までも留まり、宗教と言う枝葉を飛び回っているだけで、根幹の哲学に到る事が出来ないからです。
知的能力に勝る人は自己を過信し、全てを神仏に委ねる全身全霊の信仰心を持てません。
また、宗教に深く入り込んでいる人は、更なる真理の知的探求がおろそかになってしまいます。
バガヴァッド・ギーターは神の詩といわれ、古代インド叙事詩マハーバーラタに出てくる、創造至上主神クリシュナと友のアルジュナとの
間で交わされた、遺産相続にまつわる戦いの場における対話です。
日本では聴き慣れないこのバガヴァッド・ギーターはインドでは、ヒンドゥー教の重要な聖典の一つとなっており、その占める地位は大き
く、時にはヴェーダより重要視されることもあります。
そのほかインドの有名な独立運動家である、マハトマ・ガンディー氏が生き方の指南書として、このバガヴァッド・ギーターを、生涯携え
たと言われています。
つまりこのギーターは人間が諭したものではなく、創造至上主神が直接人間に諭された御言葉であると言う、絶対的権威がそこにあると言
うことです。
従って私達は迷うことなく、その教えを確信し服従し没頭すれば良い、ただそれだけなのです。
そしてこのギーターは、あらゆる事象を子細に分析的に体系的に記述されており、それは科学的なものである、と言うところが普通の宗教
書と大きく違うのです。
ギーターの扱う範囲は広大であり、永遠性と無限を説かれ、そして全ての真理も説かれ、また私達が生きて行くうえでの原理原則を示され
ています。
と言うことは、道徳や倫理や宗教を超えた、人間として究極に学ばなければならない教えである、と言う事なのです。
人間としての精神的発展カテゴリーは、躾けから始まり、道徳、倫理、宗教、そして究極はインド哲学バガヴァッド・ギーターに到る
事であると、私は断言します。
つまり、究極の教えであるギーターの存在を知ると言うことは、道徳や倫理やあらゆる宗教やその他の哲学は、インド哲学に到る途中段階
か部分に過ぎない、と言うことが理解できることです。
人間として学ぶ道筋と最後のゴールを知らなければ、魂が何時までもその段階で道草を食ってしまうことになり、物質界で永遠に輪廻を繰
り返すことになってしまいます。
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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ