私がインド哲学バガヴァッド・ギーターに出会うまでの過程は、仏陀の宗教から始まり、次に中国の老荘思想を学び、そして宗教の最高峰
と言われる空海の密教に到り、20年間宗教を学んだ後ついに、インド哲学と出会うことになったのです。
このインド哲学に出会うと言うことは、宗教と哲学の本質的違いの壁があり、その壁を乗り越えなければ教えを受け入れることはできません。
先ずそれは、信仰対象が決定的に違うと言うことです。
インド哲学のギーターの教えではその信仰対象を、この世の全ての原因の大原因である創造至上主神の教えとする事にあるのですが、もう
一方の宗教では、その宗教の創始者の教えを信仰対象としている違いがあります。
宗教は歴史上に実在した人物が開祖したものであり、そこには必ず開基の時期と言うものがあります。
しかし、インド哲学は古代から語り継がれた時期不明の歴史であり、その教えは創造至上主神から使命を受けた神々の啓示である、と言う
決定的に違うものです。
つまり、宗教は人間が説いたものであり、一方インド哲学は神々が示された啓示であるという、決定的な違いという点です。
そしてもう一つ、考慮しなければならないところは。
宗教はそれぞれの人種や民族の風習に合った形で教えが説かれているので、様々な価値観が生じ宗教の多様性が生まれます。
したがって、宗教としての真理を説いていても、宗教の段階ではそれぞれ違った形になるので、教義を主張し合えば争いの基にもなるのです。
例えて言うならば、富士登山をする時いろいろな登山道がありますが、山頂へ向かっていく時の景色はそれぞれ全く違った景色となり
ます。
その時、登山者がそれぞれの景色を主張し合えば、それらは真実の一つですが争いの種にもなってしまいます。
しかし、山頂に到ればそれぞれの登山道から見える景色は、すべて肯定できます。
仏教もキリスト教もイスラム教もその始祖は全て歴史上の人物であり、その時代における人種や民族が必要とされる教えを諭す為に、
創造至上主神クリシュナから使命をもって降臨されているのです。
つまりあらゆる宗教は、インド哲学に到る途中過程か部分に過ぎず、そこに留まっていては人間として学ばなければならない究極の教えを
知ることはできない、と言う事なのです。
私は物質文明が極まった今、クリシュナから使命を受けて、インド哲学バガヴァッド・ギーターを伝える為に、日本人として降臨してきた
と確信しています。
この日本人として降臨してきたことには非常に意味があります。
それは日本語が精神知識を広める為には、一番洗練された言語であるからなのです。
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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ