私が津軽三味線の演奏家として、活動し始めてから大きく変わったことは、精神次元の生き方と言うものを強く意識し始めたことでした。
サラリーマン時代のそれまでは、職務の遂行と言う一点に的を絞って、仕事に専念すれば良かったのです。
それは毎月の給料という形で、生活が完全に保障される安心感があったからです。
しかし今度は、生活する為の稼ぎは自分で獲得していかなければならず、その為の活動があります。
それら、自分の肉体の維持や家族を養う為に活動することを、これを物質次元の活動と言います。
それと同時に忘れてならないのは、人間として精神的進歩を果たす為の活動があります。
それは自己の本性は肉体ではなく魂であると悟ることから始まる、精神次元の生き方です。
自分は肉体の存在ではなく魂の存在である、と断言できなければ、精神次元の生き方はできません。
つまり、肉体と魂は完全に別物である、と言う分離意識をはっきり持つことです。
この分離意識をはっきり持つことによって、自己の行動や活動が物質次元なのか精神次元なのか、といった区別意識が生まれます。
幸い私は30歳の時に、娘の怪我をきっかけに、その意識に早くから芽生え、10年以上の読経を通じて精神意識を高めてきました。
そして、第二の人生をスタートする時には、自分の本性は魂であると、完璧にその意識を身に付けていました。
私の津軽三味線の演奏活動は、一弦供養という亡き人々への鎮魂供養が主であり、それこそ精神次元の活動がそのまま生活を維持する為の
活動と直結していたのです。
私は演奏と語りの時は常に、津軽の凶作歴史に埋もれた亡き人々へ想いをはせ、供養の気持ちを込めてやっています。
その為自分も自然と涙が流れ、またその想いがお客様にも伝わるのでしょうか、聴いている人の中にも涙を流される方もでてきます。
いま想うと、私の鎮魂供養の演奏活動は、自然と導かれた様に動かされているようでした。
静岡空襲で亡くなった人々の安倍川供養祭での演奏、同じく徳島空襲で亡くなられた人々を供養する為に、水辺公園で阿波踊りとの共演供養、そして阪神淡路大震災で亡くなられた人々を供養する為に、六甲山の天狗岩から震災時刻に合わせて鎮魂供養も行ってきました。
これらの活動は、私の精神性を高める為の大きな修行であったと同時に、生活を支える為の物質次元の活動でもあったのです。
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