インドのマヌの法典に四住期というものがあり、人間の人生を80年とすると、おおよそ各20年を目途に、学生期、家住期、林棲期、遊
行期と、四つ精神修行が課せられていると説かれています。

学生期は精神指導者のもとでヴェーダを学び、家住期は子育てをし、林棲期は家庭を棄て
森の中で修行をし、遊行期は家々をまわり教えを
広めるとあります。

これは古代インドにおける精神修行者の教義ですが、物質文明が極まった今の様な社会ではそれをそのまま実践することは不可能に近いも
のがあります。

しかし、これらの本質をつかみ、現代の生活様式に照らし合わせて、教えの真意を実践する事こそが、物質文明における精神修行と言うも
のです。

学生時代は道徳や倫理と言うものを学び、そして社会人として働いていくための知識を身に付けることが義務つけられています。

ところがその修行における、最も障害となるものとして、肉体からの旺盛な性の欲望があります。

特に今の社会は、性を刺激する本の陳列や、インターネットや携帯による、性的情報が手軽に利用できる環境にあり、また性行為も個人の
自由意思にゆだねられる
社会風潮にあります。

私が高校生の頃は、今の様な性的刺激物は特殊な所に行かなければ楽しむことができない環境にあり、また男子学校であった為に、異性と
ふれ合う事も全くなく勉学に励む
ことができたのです。

今の様に、学生時代からの性における解放的社会風潮は全くなく、逆に学生における性的体験は罪悪感すらあったのです。

この罪悪感すら無くなってしまった今の時代こそ、精神的な観点からすれば、非常に危険で厳しい修行環境になってしまっている、と言う
ことです。

思春期から性の快楽を知ってしまうと、刺激が強いだけにその思いは生涯記憶に残り、その後も性の神聖さをないがしろにしてしまう生活
となってしまいます。

その理由として、ギーターで教えている性の原則は、子供をつくる為だけの行為であり、それも夫婦間にだけに許されるものである、と厳
しく規定しているからです。

当然この原則を守らなければ、誤った性行為による苦悩が生じるのは因果の道理からしても自明である言うものです。

このような事からも、思春期に男子だけの学校で、アマチュア無線に熱中していた自分は、とてもラッキーな環境で学生期の修行が出来た
んだ
、つくづく有り難く思えます。

第二章 ギーターを読むことによって、どんな真理を知る事ができるか

<創造至上主神の存在から全てが始まる>

<クリシュナが先ず創ったものは何か>

<人間はどこから生まれ、また人間の本質は何か>

<物質次元と精神次元の二つがあることを知る重要性>

<肉体活動と魂の活動を分けて考えることが重要>

<魂の真理を知ることが自己を知ることになる>

<人間という生物体の分析>

<未顕現識とはどんな意識か>

<真理だけでなく体系を知ることも重要である>

<サナータナ・ゲイト(永遠の門)の存在>
<私は降臨者ですと宣言します>

第三章 学生時代を振り返って

<小学校の頃を振り返って>
<今と昔の違い>
<中学校の頃を振り返って>

<他の人がやらない事、できない事をやる>

<高校の頃を振り返って>

<学生時代の課題は勉学と性の抑制である>


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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ