ヴェーダは生涯かかっても読みきれないと言うほどの膨大な書物であり、またその内容も人間がこの世で生きて行く為に必要な、あらゆる知識を詰め込んだ集大成なのです。
その、生涯かかっても読みきれないと言うものの、精髄を集めたものがバガヴァッド・ギーターです。
またその歴史は、確認する事もできない古代インドまでさかのぼり、歌や踊りや詩をとおして、また聖者達の口伝によって受け継がれてきたものなのです。
それ故に、私達はその教えを疑うことなく、迷うことなく確信し、服従し、実践すればよい、と言うことになります。
インドではヴェーダの教えは絶対なるものとして信仰されています。
それは人間が書いたものでなく、創造至上主神があらゆる神々や、人類に諭した啓示であるからなのです。
この宇宙の創造神であるブラフマーにも又太陽神にも、そしてそれぞれの役目を担っている様々な神々にも啓示として諭され、そしてそれらの神々から人間の聖者たちに、啓示されていったのです。
つまりヴェーダの教えは、創造至上主神の諭しであり絶対なる権威であるということです。
この創造至上主神の息吹によって告げられたことが大事であり、人間が考え出した真理や理念ではないと言うことが一番肝心なところです。
従って私達は、その教えをただただ信じて迷わず実践していけばよい、と言うことに尽きるのです。
考えてみれば、これほど簡単なことはない・・・!、のではないでしょうか。
しかし、愚かにも人間はそのことに気付かず、精神世界の入り口である道徳や倫理でさえも、実践することを難しくしています。
膨大なヴェーダの教えは、いろいろな宗教によってその取り入れる部分が違う事により、違った解釈や方法となっていきます。
例えて言うならば、小学校の算数と中学校の数学と更には高校で教える高等数学では、同じ数学理論を教えていても、段階によって方法論が全く違ってくるのと同じであると言う事です。
それと同じく、精神的発展の為の修行カリキュラムも、その人が求める神々信仰や聖人信仰などの種類によって、様々な教義や儀式があると言うことになっていきます。
しかし、ヴェーダの教えに沿った宗教儀式であれば、宗派による作法の違いでも全て是認する、と言う包容力が必要となります。
そして、他人の宗教や信仰に対しては、とやかく言う必要はなく、ましてや宗教論争はしてはならないと言うことです。
序文
1-今までの生き方を問う大変革期である
目次
第一章 この本を読むにあたって
<ヴェーダの教えこそインド哲学である>
<ヴェーダの精髄を集めたバガヴァッド・ギーターの存在>
<ギーターの位置づけを先ずは知ること>
<哲学の三つの捉え方>
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これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。
バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。
私は宗教団体には一切入っておません。
全て独学でギーターを身につけました。
私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず
私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。
人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。
バール・クリシュナ・フミオ