この二日間、私が実際に体験し感じた、60年前と今の違いそして20年前と今の違いといった、それぞれの違いを記述して参りました。

そこで感じた事ですが、60年前の社会では、明治の文明開化以来の社会環境と、80年間はそれほど大きく変化はないように思えます。

一般家庭での電気の利用は、裸電球の照明かラジオの利用しかなかったですし、車もほんの一部の人たちの特別なものであり、もっぱら自転車が庶民の足だったのです。

その為か、我が家も自転車屋を営んでおり、周りにも数多くの自転車店がありました。

その後、主婦を家事仕事から解放する為に、洗濯機、掃除機、冷蔵庫、炊飯器といった電化製品が出始め、また娯楽品としてテレビが登場し電話も普及し始めたのです。

その後1966年(昭和41年)にトヨタのカローラと日産のサニーが庶民の車として発売され、これを機に47年前から車社会に入ったのです。

その後、劇的な社会変化となるのは、携帯が普及し始めた頃の20年前からの事であり、更にそのスピードを速めるようになったのは、インターネットが普及し始めた、ここ10年ほどの間となっております。

一方、人間の意識の変化として、一番大きな変化は躾け、道徳、倫理のれが、物質社会の変化と共に、どんどん進んでいるように思える事です。

60年前の社会では、一般的に道徳や倫理といった、他者に対する礼節や思いやりと言った社会規範としてのバイアスが形成されていました。

先生はネクタイをして身なりも正し、尊敬すべき怖い存在でした、とうぜん先生の不祥事など聞いたことは有りません。

また、悪ふざけ程度の事はあっても、相手が学校に来るのも嫌になるほどの、集団での陰湿ないじめはなかったのです。

そして、生徒が自殺するなど、それこそとんでもない事であり、社会全体でもそんな事は全くなかったです。

学校での様相の違い一つを考えても、生徒や先生の生活様式が余りにも違いすぎますが、果たしてどちらが人間社会として尊い姿であるか、思いなおしてほしいものです。

人間は、魂として精神的発展をする為に、この物質次元に肉体をもって活動しているのが真理なのです。

皮肉にも、物質文明社会が発展すればするほど逆に、人間的成長は妨げられるようになっているようです。

しかし、その様な物質文明が極まった中でこそ、本物の精神的発展をさせる為の、厳しい修行カリキュラムとなっており、その環境でこそ本物の精神的発展が試されていのです。

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バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ