人間は超能力や神秘的力、その他タロット、四柱推命、占星術などに興味をもって、超越的な力を得ようと、勉強したり神々を崇拝したりします。

これらは、自己の努力によって身に付ける超越的技と、古来から伝わる秘伝によるもの、そして神秘的能力の世界に繋がるもの、と三つに分けられます。

しかし、超越的なものを得ようとする気持ちの根底は、それが名利を求めるのであれば、「我欲」そのものとなり、究極であるクリシュナに対する崇拝帰依の修行の大障害となるのです。

人間がこの世で生活し、究極の精神的境地を得る事は、クリシュナに対する崇拝帰依」であり、全てがこの一点に終極する道を進まなければならないのです。

人それぞれ、その歩む道は違っていますが、しかし、全てインド哲学バガヴァッド・ギーターが説いている、クリシュナに対する崇拝帰依の心境に到り、創造至上主神クリシュナの基に帰郷し、クリシュナと永遠の愛の交歓(プレーマ)を楽しむ道に到らなければならないのです。

人は特殊的な能力をもつと、それ自体で優越感をもち、また更にその力でもって生計を立てようとするならば、それは崇拝帰依の境地からはどんどん離反していく行為になってくのです。

しかし、その人が誰も出来ない優越感を求めている以上、あらゆる神々の最高支配者(バガヴァーン)であるクリシュナへの崇拝帰依の想いは出てこないのです。

それは、その様な欲望をもっている人に対しては、クリシュナはその人が求める神を、パラマートマーとして信仰するように勧めているからなのです。

私は全ての者のハートにパラマートマーとして住む。人が神々(デーヴァ)を拝む気持ちになると、彼に適した神々(デーヴァ)の信者になるように、私が彼の信仰心を堅めていく<バガヴァッド・ギーター7章21節>

この様に人はある種の名利をもとめて、神々を崇拝する気持ちになれば、クリシュナがその信仰心を高めてくれるのですが、逆にそれは、いつまでも苦の世界である物質界に、留まる事を意味する事になるのです。

人間はもともと、この世で肉体の中に宿って修行をして、魂の汚れを削ぎ落し研磨し、魂の本来持っている純粋性を開眼しなければなりません。

そして、開眼した純粋な魂になってこそ、インド哲学バガヴァッド・ギーターを学ぼうとする気持ちが湧いてくるのです。

肉体に宿って修行する以上は、肉体が持つ普通の能力の範囲で修行をすれば良いのであって、それを超えた優越感や神秘的能力は必要ない、という事なのです。

それこそそれは、迷い以外の何物でもないのです。

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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ
これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、自主自立、独立自尊を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ